映画館の正面上方に掲げられた大きなペンキの絵看板。上映される映画の主演俳優の似顔絵が道行く人たちに微笑んでいます。よく見ると粗い筆のタッチなのに、ちゃんと誰だかわかり、しかも魅力的・・・看板屋さんはもともと絵描きだったのかな?
住んでいる街に東映の直属映画館が出来、東映映画が毎週のように配給されるようになって、いとこに誘われて橋蔵さんの『若さま侍捕物帖 深夜の死美人』を見てからというもの、橋蔵さんの映画がかかると、開演前から並ぶのが習慣となっていました。
今日は5人目。これなら大丈夫。もうずっと後ろまで人の列ができている・・・開演ぎりぎりに来たら座れないもの。こんなに大きい映画館がいっぱいになってしまうんだから。
友だちと交替で、ガラス越しのスチール写真を見ながら窓口が開くのをひたすら待つ私・・・ガラスに額をくっつけて、写真の1枚1枚を食い入るようにみつめて・・・橋蔵さん、どうしてこんなに綺麗なんだろう。いくら見てても飽きないんだけど、そろそろ友だちに代わってあげなきゃ・・・
入場券の半券とチラシをもらって、中へ。座る席は後部座席の階段を4、5段上がった、2列目か3列目の中央と決めている。1番前は子どもの座高では、手すりが邪魔で見にくいから。これであとは開演を待つばかり・・・
私が橋蔵さんの映画をはじめて見たのは小学5年、11歳のときでした。1957年4月に封切りされた『若さま侍捕物帖』シリーズの『深夜の死美人』。ちょっとおませないとこに誘われて、子ども2人だけで出かけたのが、橋蔵さんとの運命的な出会いでした。
それまでは映画に関心はなく、年の離れた兄に連れられて、中村錦之助さん主演の『笛吹き童子』や『紅孔雀』、ひばりさんと鶴田浩二さんの『あの丘越えて』を見たのが記憶に残っているくらいです。
戦後10年経ったばかりの日本は、ようやく復興の兆しが見えてきたところ。日本全体がまだ貧しくて、娯楽らしい娯楽は唯一映画があるだけでした。それだけに、当時の映画館はどこも満員で、遅れて行こうものなら立っている前の人の背中が見えるだけ。子どもだからと、座席と通路との仕切りの手すりに座らせられて、ようやくスクリーンが見える、といった盛況ぶりだったのです。
橋蔵さんの「若さま」を見て、私はいっぺんに魅せられてしまいました。世の中にこんなに美しい男の人がいたことに衝撃を覚えたものでした。しかも他の俳優にはない甘さと気品がある・・・
それ以来、私は橋蔵さんの映画が封切られるたびに、映画館に通いつめました。
朝一番に映画館に入り、当時は2本立てでしたから、橋蔵さんの映画を見、併映作品を見、もう一度橋蔵さんの映画を見て、外に出ると、陽はすでに天上を回って、射すような陽射しに頭がクラクラしたものでした。
映画の余韻を胸に、そのままブロマイド屋へ。小遣いのほとんどが橋蔵さんのブロマイドと映画雑誌に消えていきました。
橋蔵さんが『銭形平次』でテレビ出演するようになると、水曜日の夜8時はテレビの前に釘付け。どんなに用があっても、その時間にだけは間に合うよう帰宅したものでした。
歌舞伎座の「橋蔵特別公演」にも嬉々として通いました。『道成寺』『鏡獅子』『藤娘』…。橋蔵さんの舞姿に酔いしれたのは言うまでもありません。
そんな私でしたが、1972年、メキシコで暮らすようになり、橋蔵さんとの縁は切れてしまったのです。いつか橋蔵さんの舞台を見に帰りたい。そう思っているうちに、橋蔵さんは1984年12月7日、55歳という若さで、帰らぬ人となってしまったのです。
それ以来、橋蔵さんには会えないもの、と諦めていました。
ところが昨年、一時帰国したときに、娘が橋蔵さんのビデオを借りてきてくれたのです。なんという懐かしさ。映画と共によみがえる子どものころの思い出・・・考えてみれば50年ぶりの再会でした。
改めて橋蔵さんの映画を見直してみると、50年という歳月を感じさせない感動があるのです。時代を超えた魅力が潜んでいるのです。
ただ綺麗なだけのスターだったら、こうはいかないはずです。橋蔵さんの映画には何かがある。その奥深い何かを探って、紐解いてみたいと感じるようになりました。
「プリメラ・リャマーダ、プリメラ・リャマーダ」(開幕10分前の予鈴)
皆さま、お待たせしました。いよいよ「思い出映画館」の開幕です。
(文責・古狸奈 2010・4・3)
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