「若さま侍捕物帖 深夜の死美人」

「若さま侍捕物帖 

      深夜の死美人」

     195742 東映京都作品)

原作・城昌幸

 (東京文芸社刊「だんまり闇」) 

脚色・村松道平 

監督・深田金之助

 

<配 役>

若さま    …大川 橋蔵

おいと    …星 美智子

遠州屋小吉  …星  十郎

おゆみ    …浦里はるみ

棟梁政五郎  …加藤  嘉

金正重右衛門 …薄田 研二

              森田市郎兵衛 …阿部九州男

ものがたり

花のお江戸は春祭り。だが、一夜明ければ殺人事件の恐怖が・・・大工の棟梁政五郎、おあい、おさとと続く連続殺人事件。事件は意外に複雑で、遠州屋小吉はついに若さまにお知恵拝借。

一方、もの好きにも巾着切りのおゆみを救ったことから、事件にかかわっていく若さま。

若さまの謎解きと神道流一文字崩しが事件を解決していく。

 

若さま=橋蔵さん

この『深夜の死美人』は若さま侍捕物帖シリーズ第5作目。橋蔵さんが195512月に、『笛吹若武者』で映画デビューしてから1年4ヵ月、すでに23本目の映画出演となっています。

デビュー当時の橋蔵さんは「とにかく名前を知ってもらうこと」と、作品の選り好みはせず、何でもやるという姿勢で臨まれたようですが、それにしてもすごい数、1月で1.52本のペースですから驚きです。そうした努力のかいがあってか、人気も急上昇、このときすでにトップに躍り出ていました。

橋蔵さんの初期の作品は持ち味ともいえる美貌と気品をいかした、本当は身分が高いが、わけあって市井で暮らすといった役どころが多く、なかでも「若さま侍」はその極めつけとでもいえるでしょう。橋蔵さん以前にも黒川弥太郎さんや他の俳優さんで映画化されていますが、橋蔵さんの若さまの登場で、若さま=橋蔵さんという図式が出来上がってしまいました。

 

橋蔵さんとの出会い

この『深夜の死美人』は私が橋蔵さんに出会った記念すべき作品。

忘れもしません。おませないとこに誘われて子どもだけで見に行った映画館。今にして思えば『修羅時鳥』のしおりに、当時急成長していた東映が縦1、横2.38の大型スクリーンの上映計画を進めていて、「4月には大型スクリ-ン対応館を300館開業」とありますから、私が住んでいた街にも東映直属館がオープンした時だったのかもしれません。

橋蔵さんを一目見て、世の中にこんなに美しい男の人がいたのか、という驚き。すっかり魅せられてしまい、以来、封切りされるたびに映画館通いをするようになったのです。

映画を見終わると、同級生の女の子3人で、近所の墓地で一文字崩しの真似っこ。墓地の周りを形ばかり囲っている生垣の竹を引っこ抜き、刀に見立て、ポーズを決めるのです。

ついでに一場面を再現。誰しも橋蔵さんの役か、相手役の姫君か娘役をやりたいので、おとなしいM子ちゃんがいつも敵役をやらされて。映画の余韻が残るなか、覚えたばかりの台詞を興奮気味に声を張り上げ、見得を切って上得意。女の子3人のチャンバラと芝居ごっこはクラスの腕白坊主にも脅威だったようで、「女三悪人」との渾名までつけられてしまうほど・・・小学生の頃の懐かしい思い出です。

 

一文字崩し誕生秘話

この若さまの一文字崩し。若さまが立ち回りの佳境で型を決めると、敵はみな怖気づいて、タジタジとなってしまうのです。着流しに刀が斜めに決まって、実に美しい。待ってました!と思わず声をかけたくなりますね。

「旗本退屈男」には諸羽流正眼崩し、「怪傑黒頭巾」には二丁拳銃と、決め手があるのに、若さまにないのはさびしいと、殺陣師の足立怜二郎氏が現代剣道の最高峰高野範士に相談をもちかけ、考案していただいた型なのだとか。

足立氏が「映画の殺陣はいかに人を美しく斬るかにあるので、そのあたりのことも考慮していただいて、橋蔵さんにひとつ」と頼まれると、高野範士は「美しいことは大事だが、人を斬る以上、殺気や迫力を加え、リアルさを出さなければいけない。殺陣の動きは手順が決まっているので、ある意味では踊りの所作と同じ」と、やおら傍らの真剣を抜き、すばやい動きで示されたのが一文字崩し。やさ型の橋蔵さんがより美しく、隙のない型をと、編み出されたのが秘剣一文字崩しだったのです。

 

若くて美しいの一言

50年ぶりに再会した橋蔵さん。若くて美しいの一言。

白黒画面にアップで映し出された若さまの目元の清々しさ。きりっとした頬の線。若さが溢れています。着流し姿も美しく、絵姿という言葉そのものです。

他の出演者の皆さんもお若いこと。後年、敵役をしていた徳大寺伸さん、若くてハンサムなのに驚かされます。浦里はるみさんは小粋な役の似合う女優さんでしたね。

おいとちゃんといえば星美智子さん。ちょっとすねたところがかわいらしく、好きでした。その後、おいと役は花園ひろみさんや桜町弘子さんが演じておられますが、私の心の中ではおいとといえば星美智子さん。若さまとおいととのやりとりはほのぼのとした心通うものがあって、見ている方も楽しくなるような名コンビでした。

 

白黒映画時代

当時の映画は白黒で、画面も小さく、上映時間も60分と短いものでした。それでも封切りされるのが待ち遠しく、映画館はいつも満員の盛況ぶりでした。開演前に並ばないと座ることさえできなかったのです。

やがて映画は白黒からカラーに、画面もスコープに変わっていきますが、橋蔵さんも映画スターとして役者の幅を広げていくことになります。この白黒映画時代は、橋蔵さんの新人時代、映画時代初期と位置づけられるものでしょう。

正直言って、当時の橋蔵さんはまだ演技も未熟で、殺陣も橋蔵さん本来の美しい立ち回りにまだ至っていません。橋蔵さん自身が「颯爽と立ち回りをしたつもりなのに、女の子が棒切れを振り回しているようで」と語られているように、美少年のちゃんばらごっこの感がしないでもありません。

しかし、デビュー当時にみせた白黒画面にアップで映し出されたときの、息を呑むような橋蔵さんの美しさは後年には見られないものでしょう。子ども心に胸躍らせた若さま侍は、幼い頃の多くの想い出を蘇らせてくれたのと同時に、若さまが格好よくて、颯爽としていて、楽しめる作品であることは50年経った今でも変わりないように思います。

 

 

(文責・古狸奈 2011130