「清水港に来た男」
「清水港に来た男」
(1960・7・31 東映京都作品)
脚本・小国英雄
監督・マキノ雅弘
<配 役>
政吉(跡部政之進)…大川橋蔵
お 雪 …丘さとみ
六 助 …田中春男
おすぎ …青山京子
熊 造 …堺 駿二
清水次郎長 …大河内傳次郎
ものがたり
幕末の清水港にブラリやってきた政吉。次郎長一家の六助と知り合いとなり、なんとか一家の三下として住み込むことに成功。そんな折、石松が都鳥に闇討ちされたことから、政吉は石松殺しの芝居を演じて、やくざの喧嘩のむなしさと勤皇の尊さを説くのだった・・・
実は政吉は次郎長の真意が勤皇か佐幕かを探りにきた勤皇の志士だったのだ。
2枚目半の新境地
この『清水港に来た男』は、昭和14年、片岡千恵蔵主演の快作『清水港』に材をとり、 小国・マキノコンビで興趣豊かに描いた話題作。
橋蔵さんが珍しく2枚目半を演じ、軽妙な演技を披露。連日スタジオ内は笑いの渦に包まれたようです。
留守の家にあがりこみ、無銭飲食。知り合いでもないのに、旧知の友のように六助をまるめこみ、居候をきめこんだり。犬を追い払っただけで、「オレに惚れちゃいけないよ」と言ってのける図々しさ。竈の煙もうもうのますらお派出夫ぶり。橋蔵さんの軽妙な珍演ぶりが続出です。
「わざとらしくない自然な洒脱の演技で笑いを。自分にとって試金石となる作品」と橋蔵さんは語っています。
ドタバタではない自然な笑い、と言うように、全編に漂うのは上品な笑いの渦。まるで油でも飲んだような(梨さん)次から次へと飛び出す台詞の滑稽さ。憎めない図々しさ。お雪がいなくなったのに気づかず、一人芝居を続ける姿はまさしく古典落語の世界です。
逃げまどっているようで、いつのまにか相手をやっつけている政吉の立ち回り・・・すべては政吉を演ずる橋蔵さんの軽妙、洒脱な演技が生み出している笑いで、この作品で橋蔵さんは新境地を開拓しました。
閻魔堂石松殺しの舞台
政吉が次郎長の真意をさぐるため、上演された石松殺しの芝居も見どころのひとつ。
普段はどもりだが、浪曲となると名調子を聞かせるドモ熊の浪花節。女形を演ずる杉狂児さんのゾクッとするお色気。都鳥役の六助のタイミングのずれた台詞まわし。次郎長一家三下総出演の村芝居は抱腹ものです。
橋蔵さんの石松も目が開いてしまったり、オーバーな演技で客席を笑わせます。
台詞回しはもちろん舞台仕様。声のハリや抑揚にご注目。
一見ドタバタ芝居ですが、さすが橋蔵さんは歌舞伎俳優だと感じさせられるのは、七五郎の家から出て、花道の七三で、杖を後ろに回し、クルリと半回転するときの所作の美しさ。半回転して体の向きが変わったことで、一瞬にして、閻魔堂に近づいている場所と時間の経過があらわされているのです。何気ない場面ですが、橋蔵さんの舞台俳優としての日ごろの修練が垣間見られる瞬間です。
次郎長と官軍
清水次郎長は慶応4年(1868)3月、東征大総督府から駿府町差配役に任命された伏谷如水より、街道警護役を任命され7月まで務めているそうです。(Wikipedia)
『清水港に来た男』はそうした史実を踏まえて生まれた作品です。
ちなみに侠客として知られる次郎長(1820―1893)は本名、山本長五郎。
慶応4(1868)8月、旧幕府海軍副総裁、榎本武揚が率いて品川沖から脱走した艦隊のうち、咸臨丸が房州沖で破船。清水港で修理していたところを新政府軍に発見され交戦。逆賊として放置されていた遺体を次郎長が収容して埋葬しました。その行為をとがめられたのを死者には官軍も賊軍もない、とつっぱねたといわれています。それが縁で、当時静岡藩大参事の山岡鉄舟や榎本武揚と交際するようになったとか。
明治に入ってから、博徒をやめた次郎長は静岡茶の販路拡大のため、清水港を蒸気船の入港できる港にと、外港整備を訴えたり、定期航路線の「静隆社」を経営、囚徒を督励して、富士市大渕の開墾に携わったり、英語教育の後援もしたと伝えられています。
ただの侠客ではなかったのですね。
ずっと三枚目の演技にマキノ監督に絞られていた橋蔵さん。最後は颯爽と政之進に戻っての立ち回り。やはり立ち回りは楽しい、とご機嫌だったとか。
(文責・古狸奈 2010・4・30)
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