「喧嘩笠」

 

「喧嘩笠」

    (19581227 東映京都作品)

   原作・村上元三 

   脚色・結束信二 

   監督・マキノ雅弘

 

  <配 役>

   大前田栄次郎 …大川 橋蔵

   大前田栄五郎 …月形龍之介

   海老屋甚八  …薄田 研二

   お 喜 代  …大川 恵子

   武居のども安 …阿部九州男

   黒駒の勝蔵  …進藤英太郎

                清水の次郎長 …大友柳太朗

ものがたり

 大前田栄五郎の息子、栄次郎は「小天狗の若親分」と異名をとる喧嘩好き。ある日、前橋の掛小屋で乱暴をする侍をやりこめたが、相手は代官所の役人だった。そのため栄五郎は息子にワラジをはかせ、自分が身代わりとなって牢に入るのだった。

 旅に出させたのも、栄次郎の行き先の海老屋甚八の娘、お喜代と娶わせる腹づもりが双方の親にあったればこそ。

 ところが、甚八の縄張りを黒駒の勝蔵を後ろ盾にした武居のども安が狙っていたことから・・・

 

数多い映画化

村上元三氏の原作『喧嘩笠』は、幾度となく映画化されている作品です。

1953年には、高岩肇脚色、萩原遼監督で、片岡千恵蔵さんの大前田栄次郎、大河内傳次郎さんの清水の次郎長、轟夕起子さんのお喜代、大友柳太朗さんの秋山要助で製作されていますし、1962年には、マキノ雅弘監督で『次郎長と小天狗 殴りこみ甲州路』とタイトルは違っていますが、北大路欣也さんの栄次郎、中村錦之助さんの次郎長でリメイクされています。

栄次郎と次郎長の組み合わせは、それだけ人気のある題材ということなのでしょう。

 

原作とは異なった脚色

橋蔵さん主演の『喧嘩笠』は1953年版が原作に比較的忠実に物語が展開しているのに比べ、原作とは大分異なった脚色となっています。

事件の発端が原作では宿屋のごろつき侍撃退が、芝居小屋での代官所役人に。旅に出る理由も、兄幸之助と弟栄次郎が互いに大前田の跡目を継がせようと行方をくらませてしまうのに、1958年版の橋蔵さん主演作では幸之助は登場すらしていません。秋山要助も、秋山を仇と狙う鈴江、勝馬姉弟もカットされています。しかも、殺されたのは兄幸之助ではなく、海老屋甚八といった具合です。路銀を掏られるのも原作では幸之助。

このようにことごとく違っていて、橋蔵さんの『喧嘩笠』は主人公の大前田栄次郎のキャラクターだけを抜き出し、脚色の結束信二氏とマキノ監督とによって、原作とは離れた別作品に仕上げられたものと言ってよいでしょう。

 

出演者の持ち味最大限に

それだけに、逆に映画の面白さと、橋蔵さんはじめ出演者の魅力を引き出すことに最大限の注意が払われていて、ファンとしては嬉しい作品です。正月作品らしく、芝居小屋の華やかな舞台からスタート。娯楽作品として充分楽しめます。

発端の芝居小屋での代官所役人を懲らしめる小気味いい立ち廻り。堺駿二さんのごまの蝿の半次とのやりとり。栄次郎の財布を掏り取った半次のうきうきとスキップしながら去っていく姿の可笑しさ。毎度のことながら、堺さんの笑いには芸の奥深さを感じさせられます。

牢の中でも毅然としている月形龍之介さんの大前田栄五郎のピシッとした落ち着き。大友柳太朗さんの次郎長と個性豊かなその子分たち。大川恵子さんのお喜代が博打場でみせる壷振りの意外性。水島道太郎さんの森の石松と栄次郎との対決。そして最後にひょっとこの面をつけた橋蔵さんの踊り・・・出演者の持ち味と魅力がふんだんに盛り込まれています。

 

関東一の大親分

ところで大前田栄五郎(19731874)は江戸時代末期に活躍した侠客で、本名は田島栄五郎。

1793年(寛政5)、上野国大前田村(現群馬県前橋市宮城地区)に父久五郎、母きよの子として生まれました。祖父の代は名主だったのが、父の代から侠客となり、兄要吉が大前田一家を継いでいます。

栄五郎が15歳のとき、賭場で殺傷事件を起こし、流浪の旅へ。その後、幾度となく旅に出ているため、意外なことに栄五郎は大前田一家の親分にはなっていないのです。大前田一家の頭は兄の要吉で、彼は幼い頃、疱瘡を患い、盲目となっていましたが、体力気力に勝れ、賭場を上手に仕切ったことから、「大前田の盲親分」と崇められたそうです。

このように、弟である大前田栄五郎は一家を構えてこそいませんでしたが、大場久八、丹波屋伝兵衛と並んで、「上州系3親分」、新門辰五郎、江戸屋寅五郎とで「関東の3五郎」といわれ、キップのよさ、腕っ節の強さで、「関東一の大親分」と称されました。

侠客同士の争いを収めるのがうまく、謝礼として貰った縄張りは全国に200ヵ所以上。「和合人」としても名を馳せました。

 

独自に動き出すキャラクター

では、息子の栄次郎が実在したかというと、ざっと資料を当った限りでは出てこないのです。月田の栄次郎という栄五郎の兄弟分に同名の人物が見られますが、息子ではありません。栄次郎の方は、どうやら作者の創作上の人物といえそうです。

とはいうものの、『喧嘩笠』に限らず、『勢揃い東海道』など他の作品にも大前田栄次郎は登場していて、史実に関係なく、キャラクターが独自に動き出していく例のひとつといえるでしょう。

 

原作の栄次郎がはじめて登場する場面の描写・・・

「表から、ふらりと土間へ入ってきた一人の若い男がいる。

単衣を着流しに、銀鐺の長脇差を打ち込んだ、やくざ者とわかる男で、眼のくりっとした、眉の濃い、どこかに子供っぽいものが残っている若者だった。・・・」

栄次郎はまさしく橋蔵さんそのものだと思いませんか。

 

(文責・古狸奈 2012227