「恋や恋なすな恋」
「恋や恋なすな恋」
(1962・5・1 東映京都作品)
脚本・依田義賢 監督・内田吐夢
<配 役>
阿倍 保名 …大川 橋蔵
榊の前、葛の葉、
狐葛の葉…嵯峨三智子
加茂 保徳 …宇佐美淳也
後 室 …日高 澄子
芦屋 道満 …天野 新二
ものがたり
朱雀帝の頃(930―946)、白虹が陽を貫く奇怪な現象が起き、宮中は混乱。政争の犠牲となって最愛の人、榊の前を失い、都を追われた天文学者、阿倍保名。悲嘆のあまり狂気となって流浪の末、巡りあった榊の前の妹、葛の葉姫とつかの間の平安の日々を過ごしていたが、白狐を助けたために、敵の怒りを買い、傷を負わされてしまいます。保名の危難を救おうと葛の葉姫に化けた白狐と亡き恋人の面影を求める保名。やがて2人の間に子どもまでもうけるのですが・・・
「芦屋道満大内鑑」と清元「保名狂乱」
10世紀末の陰陽博士・阿倍(安倍)晴明は天文、占いに秀で、村上天皇に占いを命じられてから、朝廷に重んじられるようになり、広く活躍しました。彼にはさまざまなエピソードがあり、中でも父・阿倍保名と信太の森(現在の和泉市)の白狐との間に生まれたという葛の葉伝説(信太妻)が有名です。
この葛の葉伝説をもとに、享保19年(1734)、竹田出雲によって人形浄瑠璃「芦屋道満大内鑑」全5段が書きあらわされ、翌年には歌舞伎でも上演されました。
2009年11月、大阪の国立文楽劇場で「芦屋道満大内鑑」の大内の段/加茂館の段/保名狂乱の段/葛の葉子別れの段/蘭菊の乱れの全5段が通し狂言で上演されましたが、通常は「保名狂乱」、「葛の葉子別れ」が単独で上演されることが多いようです。(Wikipedia、国立文楽劇場HP、小学館日本大百科全書)
『恋や恋なすな恋』はこの「芦屋道満大内鑑」とこの中の一段「小袖物狂」を改作した清元の古典、舞踊「保名狂乱」を題材に映画化されました。
『浪花の恋の物語』など、一連の古典演劇の映画化を試み、新分野の開拓に努力してきた内田吐夢監督の野心大作です。
3つの恋模様
この作品で橋蔵さんが阿倍保名、嵯峨三智子さんが榊の前、葛の葉、狐葛の葉の3役を演じています。恋の形も3様で、榊の前との「純粋な恋」、葛の葉との「慕情と幻影に包まれた恋」、狐葛の葉との「許されぬ悲しい結末を知りつつする恋」が描きわけられます。
以前から共演したいと語っていたお二人でしたが、松竹所属の嵯峨三智子さんとは5社協定の枠に阻まれてなかなか実現せず、今回晴れて共演となりました。
榊の前と妹・葛の葉
子がいないため天文学者・加茂保徳の養女となった榊の前は後継者としての落ち着きと信念を見せる女性。秘伝「金烏玉兎集」がなくなったことで、無実の罪をきせられ、折檻され死んでしまいます。
彼女は未(ひつじ)の方、未の年、未の月日に生まれた女性。この未の方というのは今でいう南南東、京の都から見れば、ちょうど信太の森、現在の和泉市あたり。榊の前がこの未の方出身というのが結構重要な物語のポイントで、最愛の人を失った保名が気がふれながらも、昔出逢った思い出の地へと彷徨っていき、瓜二つの妹や狐葛の葉に巡り会うのですが、狐の多いところとされていた信太の森が舞台でなければ、話は先に進まなかったに違いありません。
気が狂うまでに一筋に思う榊の前への純粋な恋、保名は最後まで榊の前を思い続けるのです。
姉・榊の前と間違えられていると知りながら、保名の思いを受けとめようとする妹の葛の葉。庄司の娘としての育ちの良さと優しさが魅力的です。
妖艶な美しさ
嵯峨三智子さんが演じられる3役のなかで、何といっても魅惑的なのは、妖艶な美しさが漂う狐葛の葉でしょう。助けられた恩返しに、怪我をした保名の傷口をなめて治そうとするのですが、そのゾクッとするような妖艶な美しさとお色気。何という艶やかな女優さんなのだろうと思ったのと同時に、橋蔵さん、気絶している振りが辛かったのではないか、なんて余計なことを考えてしまったくらいです。
意識を取り戻した保名は狐とは知らず、榊の前との結婚が許されたと思い、一方の狐葛の葉は悲しい恋の結末を知りながら、保名への慕情に勝てず、二人は結ばれます。狐葛の葉の本当は拒絶しなければならないのに、保名への思いを断ち切れず、身悶える心情が哀れで切ない場面です。
劇中劇的手法
この作品の大きな特徴は、劇中劇的な手法が用いられていることでしょう。物語のあらすじを追いながら、歌舞伎や人形浄瑠璃でよく上演される舞踊「保名狂乱」と「葛の葉子別れ」の部分が舞台仕様になっていることです。
野仏の前で、頭に痛みを感じた保名が顔の左側に、恋の病をあらわす紫の病鉢巻を結び、野に伏したところから、一転して幻想的な一面黄色い世界での保名の舞が始まります。
やがて艶やかな舞が終ると、歌舞伎の浅黄幕が引き落とされるように、花の色を象徴する黄色い幕が落ち、のどかな菜の花畑の向こうに葛の葉姫の一行が姿を現し、そのまま通常の映像表現に移行していくのです。また、「葛の葉子別れ」の部分は完全な歌舞伎の舞台の再現となっています。
舞踊「保名狂乱」は大正期に、6代目尾上菊五郎が心理描写を盛りこんだ今の型にしたといわれ、橋蔵さんの舞は音羽屋の型をしっかりと受け継いだものでした。歌舞伎座の橋蔵公演で「保名」を見た時の陶酔感は、今でも忘れられない思い出です。
亡き人の幻影を追ったり、狐の化身と人間との悲恋物語なので、現実と幻想が交互に行きかいます。狐の面を被った群集やアニメなどが用いられ、幻想的な演出が施されています。当時、東映の動画技術は最高水準にまで達していて、動画が組み込まれることで現実と離れた幻想への世界へと誘われていきました。
また、カメラは民話的な素朴な美しさ、感傷的要素、現実を直視した生々しい映像もとらえていますが、保名と榊の前の母屋内での愛を語る場面は、斜め上方から天井のない吹き抜けで映し出され、まるで華麗な源氏物語絵巻を見ているようです。
葛の葉子別れ
「手習い学問精出して、さすがは父の子器用者よとほめられよ 狐の子じゃものと笑われて母の名までも呼び出すな」
本物の葛の葉が現れて、最早これまでと、狐葛の葉が幼子に別れを告げるせつない語り。たとえ狐といえども、母親の情は同じ、と涙を誘います。やがて筆を口にくわえ、障子に「恋しくばたずね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」と書いて去っていくのです。
破裂音と同時に、今までの住み家はバタンと畳まれるように倒れて、あたりは一面枯れ野原。狐火が怪しげに宙に舞って・・・
映画は狐葛の葉が本性を現わして、去っていくところで終っていますが、伝説では京に帰ろうと誘われるのを、保名はたとえ狐でも夫婦にまでなった相手、と信太に残り、葛の葉は幼子を保名の形見として育てる決心をします。その子がのちの阿倍(安倍)晴明で、霊力があるのは親が狐の化身だから、といわれたと伝えられています。
(文責・古狸奈 2010・7・23)
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