「旗本退屈男」
「旗本退屈男」(1958・8・12 東映京都作品)
原作・佐々木味津三 脚色・比佐芳武
監督・松田定次
<配 役>
早乙女主水之介 …市川右太衛門
美濃部新兵衛 …大川 橋蔵
揚羽の蝶次 …中村錦之助
お 妙 …大川 恵子
楓 …丘 さとみ
菊 路 …桜町 弘子
お た き …長谷川裕見子
浪 乃 …千原しのぶ
浅 岡 …花柳 小菊
百々地三之丞 …東千代之介
甲賀三郎兵衛 …大友柳太朗
伊達 忠宗 …片岡千恵蔵
ものがたり
1年ほど前までは名君の誉れ高かった伊達家の当主、忠宗は連日、お浜御殿で酒色におぼれていた。
忠宗は奥山大学に女狩りを命じ、名取権現の人身御供として村の娘、お妙を差し出させた。その場に居合わせた主水之介が拾った印籠は竹に雀の伊達家の紋だった。
折しもお家乗っ取りを企む伊達兵庫一派の企みで、鶴千代が発病。
一方、忠宗は女狩りの手を美濃部新兵衛の許婚、百合江にまで伸ばす。新兵衛は殿の仕業と知ったが、主水之介にはシラを切るのだった・・・
300本の記念作品
市川右太衛門映画出演300本を記念して製作された『旗本退屈男』は、片岡千恵蔵さんを始め、東映オールスターの豪華な顔ぶれを配し、旗本退屈男シリーズの決定版としてスクリーンに登場しました。
『旗本退屈男』は佐々木味津三原作の直参旗本・早乙女主水之介を主人公とする痛快時代小説で、1929年4月、『文芸倶楽部』に初登場、以後11作発表されました。
映画は1930年から1963年まで30本が製作され、一貫して早乙女主水之介を演じた市川右太衛門さんの代表作となりました。サイレント時代からトーキー、カラー、ワイドスクリーンと映画の移り変わりを退屈男は見つめてきたことになります。
人呼んで旗本退屈男
「姓は早乙女、名は主水之介、人呼んで旗本退屈男」の台詞でお馴染みの主水之介は数え33歳。元禄時代、徳川家直参旗本で、無役ながら1200石の大身。本所割下水の屋敷に住んでいます。独身で身長5尺6寸(170cm)、容貌魁偉な大男とされ、家族は妹の菊路、他に使用人が7名同居。そして菊路の恋人、霧島京弥がレギュラーメンバーです。この京弥役に『謎の蛇姫屋敷』で息子の北大路欣也さんが出演、親子共演が話題となりました。
また、初代京弥には大江美智子さんが扮し、男装の麗人と人気を博し、のちに女剣戟スターとして舞台で活躍するきっかけとなりました。『旗本退屈男』が女剣戟の生みの親、と右太衛門さんは語っています。
天下御免の向こう傷
主水之介は、剣は「諸羽流正眼崩し」の使い手。また外出時は、黒羽二重の着流し、蝋色鞘(ろいろざや)の平安城相模守の落差し、素足に雪駄、深網笠のいでたち。
トレードマークの額にある三日月型の「天下御免の向こう傷」は、原作では長州藩の悪侍7人組と斬りあったときに受けた傷で、胆力と剣技を示す天下御免とされていますが、映画では将軍家から天下御免のお墨付きをもらったことから、とされているようです。
この傷も回を重ねるごとに大きく目立つようになってきますが、右太衛門さんは観る者に不快感を与えないよう、どぎつくならないよう配慮したそうです。また傷の向きも右から斬られたのでなく、普通とは太刀筋が反対の左から流れるようにして、傷一つについてもおろそかにしなかったと語っています。
衣裳代700万円
右太衛門さんは『旗本退屈男まかり通る』の中で、娯楽映画の醍醐味は、①衣裳、②立ち回り、③踊りや芝居、大道芸などのショー的要素、の3点にあるとし、観客の期待に応えるよう常に心がけたと語っています。
特に衣裳は1度着たら2度と着なかった、と言われ、この「退屈男」では主水之介用に12着が用意され、右太衛門さんの衣裳代だけで250万円、他の出演者の衣裳代も合わせると700万円の費用がかかったとされています。原作では黒羽二重の着流しですが、観客に夢を与えたいと、次第に派手な衣裳に変えられていきました。
立ち回りもすぐに剣を抜かず、拳や鉄扇を用い、通常でも最低3回、この作品ではそれぞれの主演級スターの見せ場も盛り込まれているため、殺陣の場面が普通より多くなっています。
退屈男の育ての親
物語の筋立ては伊達騒動に則り、政岡が浅岡、亀千代が鶴千代となり、お馴染みの話を再構成する形で仕上げられました。
作者の佐々木味津三さん(1896―1934)が若くして亡くなったため、退屈男は11作しかなかったのを、30作映画化され、内容は主水之介という主人公の骨格だけで、あとはすべて創作。従って、佐々木味津三さんは生みの親だが、私は育ての親、と右太衛門さんは自負し、退屈男のイメージ作りに精魂をこめていました。
それだけに、右太衛門さんにとって「退屈男」は愛着のある自分の分身のような存在だったと思われ、息子の北大路さん以外には譲りたくなかったとしても、当然のように思われます。
「退屈男」はテレビでも放映され、中村竹弥、高橋英樹、平幹二朗さんらが主水之介を演じていますが、2001年、2年前に亡くなられた右太衛門さんの後をうけて、北大路欣也さんが『旗本退屈男』を演じ、主水之介を継承したことを天下に広くしらせることとなりました。
この作品ではそれぞれのスターの持ち味をいかした配役になっていて、橋蔵さんは美濃部新兵衛役。主君を思う忠義の士で、いかにも橋蔵さんらしい役どころです。オールスター映画は出番が少なく、ファンとしては物足りないのですが、それでも少しでも橋蔵さんに会いたくて、9時の開演前から映画館の窓口に並んだことを思い出します。
(文責・古狸奈 2011・8・3)
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