「雪之丞変化」
「雪之丞変化」
(1959・12・25 東映京都作品)
原作・三上於菟吉
脚本・鈴木兵吾
監督・マキノ雅弘
<配 役>
中村雪之丞・闇太郎・
松浦屋清左衛門…大川橋蔵
黒門町のお初…淡島 千景
浪 路 …大川 恵子
中村菊之丞 …片岡仁左衛門
土部 三齋 …進藤英太郎
孤軒 先生 …黒川弥太郎
安藤左近将監…若山富三郎
お 菊 …千原しのぶ
ムク犬の吉 …星 十郎
ものがたり
江戸は飢饉と、長崎屋と広海屋の米の買占めで、町民たちは危機にさらされていた。
折りしも中村座では上方歌舞伎の幕が開け、若手女形の中村雪之丞に人気が集まっていた。
雪之丞はかって、今は長崎屋と名乗る手代の三郎兵衛、長崎奉行土部三齋、広海屋らに謀られて、密貿易の罪をきせられ処刑された長崎の豪商、松浦屋清左衛門の遺児・雪太郎だった・・・
歴代4人目の雪之丞
「君が情けの玉ずさに つい誘われて上方から 初お目見えのふつつかもの ご贔屓願いたてまつるぅ~」
江戸の芝居小屋、中村座の浅黄幕が切り落とされ、舞台中央のセリ上がりから、雪之丞が登場、小者を軽くいなしながら、巻紙を手に口上を述べる雪之丞・・・
三上於菟吉原作の『雪之丞変化』は戦前、林長二郎と名乗っていた長谷川一夫、戦後は東千代之介、美空ひばりさんらに演じられ、橋蔵さんは歴代4人目の雪之丞として、スクリーンに登場しました。
もともとが歌舞伎出身で女形だった橋蔵さんの「はまり役」とされ、製作に当たり、橋蔵さんは「成功して当たり前とされるのがきついですが、自分なりの雪之丞を」と抱負を語っています。
艶やかな歌舞伎絵巻
上方の人気女形、中村雪之丞は、その昔、土部三齋らに謀られ、刑場の露と消えた松浦屋清左衛門の一子で、雪之丞と瓜二つの闇太郎に助けられ、仇討ち本懐を遂げる物語。土部三齋の娘で、将軍側室の浪路の方や黒門町のお初との絡みもあり、艶やかで粋な歌舞伎絵巻となっています。
この作品で雪之丞、闇太郎、松浦屋清左衛門の全く違うタイプの3役を演じた橋蔵さんが、一番苦労したのは雪之丞とのこと。「カメラは冷徹で、女形を強調するとグロテスクになってしまうのでは」と心配したようですが、どうしてどうして艶やかな女形ぶりでした。
5通りの声音
雪之丞の台詞が急きょ、関西弁となって、江戸っ子の橋蔵さんは一苦労。でも努力のかいあって、柔らかな物腰と共に語られる浪花言葉がえもいわれぬ艶を出しています。
『雪之丞変化』では橋蔵さんの5通りの声音を聞くことができます。普段の雪之丞、舞台での口上、闇太郎、清左衛門、そして最後の土部三齋と相対するときの雪太郎の5つです。
また、中村座舞台での雪之丞の口上は、橋蔵さんの歌舞伎の女形としての口跡を知る上で、貴重な場面となっています。
ご存知のように、やがて橋蔵さんは映画から舞台へと移行していくのですが、のちに恒例となった橋蔵公演では女優さんと共演しているため、女形での芝居を演じることはありませんでした。
中幕の舞踊では『鏡獅子』や『娘道成寺』など、六代目尾上菊五郎仕込みの歌舞伎の題材を取り上げ、本格的な華麗な舞を披露していましたが、台詞のある芝居はすべて立役(男役)でした。
そのため女形の台詞回しは『雪之丞変化』でしか聞くことはできません。その意味からも、中村座舞台での口上の場面は貴重な資料といえるでしょう。
華麗な女形の所作
次に雪之丞の衣裳と所作にご注目。
雪之丞は女のようなきものの着付けで、頭には紫色のお役者頭巾。このお役者頭巾は女形の印。今でも歌舞伎の襲名披露などで、女形の役者が紫色の頭巾をつけて口上を述べる姿を目にします。
雪之丞の何気ない手の位置、所作など、当時の女形の作法通り、と共演された先代の片岡仁左衛門さんが語られている通り、橋蔵さんの歌舞伎時代の修練が違和感なくあらわれているといえそうです。
お初の匕首をかわして、小舟にとびのり、かんざしを投げ返したあと、「末長うご贔屓に~」と言って、小舟で去っていく場面の、一連の動きの艶やかさ。橋蔵さんの女形としての美の結晶がそんな些細な場面にもあらわれています。
小粋な闇太郎
一方の闇太郎は義賊です。自分の狙いが雪之丞の悲願と一致することを知り、雪之丞に味方。淡島千景さんとの絡みが実に粋でしたね。おまけに闇太郎の男の色気が何とも言えず、橋蔵さんの魅力爆発です。
立ち回りは雪之丞が振袖剣法とすれば、闇太郎は捕り方の六尺棒を奪い取っての軽快な立ち回り。最後の雪太郎の殺陣と、全て違っているのも見どころのひとつです。
NHK製作の滝沢秀明さんの『雪之丞変化』では、闇太郎は最後には雪之丞の身代わりとなり、市中引き回しの上、獄門になってしまうのですが、橋蔵さんの作品では「江戸ところ払い」という奉行の粋な計らいで終わっています。
老け役清左衛門
雪之丞の父親の清左衛門は35、6歳の年令設定で、橋蔵さんにとって初めての老け役。化粧もいつもより控えめとなっています。
無実の罪をきせられ、捕り方に引き立てられる場面で、前日の立ち回りで足を怪我し、引きずっていたのが、よけい哀れさを感じさせますね。当時の橋蔵さんは常時、2本から3本の掛け持ち出演で、おまけに『雪之丞』が3役ですから、毎日ファッションショーのようだったとか。
清左衛門の磔の撮影のとき、スタジオに見学に来たファンに、「橋蔵さんを殺さないで」と懇願され、これにはマキノ監督も困ってしまったというエピソードも残っています。
雪之丞の記憶の中の清左衛門の悲痛な叫び、処刑の終わった磔柱が回転し拡大していく映像によって、悲劇性がより高められています。
珠玉の作品『雪之丞変化』
原作が長編のため2部作で映画化されるのが普通だったのですが、この『雪之丞変化』は1時間半にコンパクトにまとめられています。そのため舞台中継が短く、物足りない感じがしないでもないのですが、セリ上がりや引き抜きなど、歌舞伎の醍醐味や音羽屋の舞踊の粋が凝縮されたものになっています。
この『雪之丞変化』は橋蔵作品の中でも珠玉の作品、絶品だと断言できます。後にも先にも橋蔵さん以上の雪之丞は出ないでしょう。
また、この作品が製作された60年代は、東映時代劇の全盛時代。配役も豪華なら、歌舞伎小屋をはじめとするセットも贅沢、芝居小屋の観客や米屋に押しかける群集など、エキストラの動員数も桁外れです。
ファンに限らず、一般の方にも是非観てほしい作品のひとつです。
(文責・古狸奈 2010・4・9初出 2014・3・25改訂)
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