「花吹雪鉄火纏」

 

「花吹雪鉄火纏」

    (19571228 東映京都作品)

  原作・長崎謙二郎「傑作倶楽部」

  脚色・高岩 肇

  監督・河野寿一

 

  <配 役>

   に組の長次  …大川 橋蔵

   武蔵屋藤兵衛 …薄田 研二

   お   花  …中原ひとみ

   水野越前守  …岡  譲司

   に組政五郎  …加藤  嘉

     お   夏  …松風利枝子

   清   三  …徳大寺 伸

   喜   助  …星  十郎

                山崎屋茂助  …山形  勲

ものがたり

 12代将軍家慶の頃、江戸の物価はうなぎ上り。中でも油の値上がりは天井知らずだった。

 そこに目をつけた油問屋の山崎屋は買占めをはかり、油奉行塩沢と結託して、邪魔な油問屋の取り潰しを企んでいた。折しも武蔵屋の倉庫も炎上してしまう。

 たまたま武蔵屋父娘と道中で一緒だった「に組」の長次は不審に思い、事件の解明に乗り出していく・・・

 

粋でいなせな立ち姿

 橋蔵さんの映画デビュー後、31作目の作品です。町火消しの役としては『大江戸喧嘩纏』に継いで2作目。この時期の橋蔵さんはまだアイドルとしての要素が強く、立ち回りもおぼつきませんが、若くて面差しもすっきりしていて、粋でいなせな伊達姿を見せてくれます。炎上する屋根の上で纏を持ってスックと立つ姿は何度見ても惚れ惚れ、小気味よい啖呵に胸がスカッとします。

 老中水野越前守の密命を受けた長次が、町火消し「に組」の纏持ちとなって、相次ぐ油問屋の火事の究明をし、悪人一味を懲らしめる役どころ。強くて男前とくれば娘たちに騒がれないはずはなく、この作品でも橋蔵さんの長次は相変わらずのモテモテ振りを発揮しています。娘たちのやきもち振りがおかしく、これも娯楽作品の醍醐味といえるでしょう。

 

歌声で予定がわかる

 この作品で橋蔵さんは珍しく歌を披露しています。映画が始まるとすぐ軽やかな足取りで歌いながら登場する旅人姿の橋蔵さん。爽やかな歌声で本当に楽しそうです。

 失礼ながら橋蔵さんの歌はお世辞にもお上手とはいえませんが、歌を歌うことはお好きだったようです。北白川のお宅に引越しされる前は麩屋町通りの吉乃旅館の1室を定宿にしていて、朝起きると身支度をしながら歌っていらっしゃったとか。現在、吉乃旅館はなくなっていますが、この界隈はいまでも旅館の多いところです。

当時、同じく吉乃旅館を利用していた堺駿二さんがその歌声を聴いて、その日の橋蔵さんの予定、ロケかセットかがわかったと、堺さんは客室係の女性たちとの「近代映画」579月号の座談会「100点満点のお客さまです」で語っています。

 ま、橋蔵さんの歌はご愛嬌。ファンへのサービス精神のあらわれと言ってよいでしょう。

 

連想させる遠山の金さん

 映画の時代背景は12代将軍家慶の頃。在位して数年後の天保12年(1841)には老中水野忠邦の天保の改革が行なわています。天保の改革は享保、寛政の改革と共に3大改革と言われ、貨幣経済の発達に伴って逼迫した幕府財政の再興を目的としたものでした。しかし、商業経済の流れを食い止めることはできず、改革は3年で失敗、水野忠邦は失脚、徳川幕府は衰退していきます。

この時代に活躍したのがいれずみ判官でお馴染みの遠山金四郎。長次が実は5000石の旗本皆川遠江守で、映画の最後に片肌脱いで纏を振るところは遠山の金さんをイメージしたのかもしれませんね。

 

搾油技術の発達と廻船

ところで、古くから灯火油として使われたのは松脂、魚油、榛油、椿油、胡麻油、荏胡麻油などでしたが、貴族や寺社など限られた人たちの間でしか用いることはできませんでした。庶民が使えるようになったのは戦国時代が終わり、平和な時代がおとずれてからでしたが、それでも搾油技術の発達を待たなければならなかったのです。安い鰯などの魚油が一般的だったようです。

中世、大山崎の社司が長木(ちょうぎ)を使い、搾油生産が大幅に進歩、のちに摂津の国遠里小野ではしめ木を使い、住吉神社の庇護を受けて発展していきました。綿実油や菜種油も使われるようになってきます。

享保年間には灘で菜種絞りに水車を用い、大量に搾油できるようになりましたが、大坂と灘との対立が激しくなりました。灘は酒で有名になる前は油の生産拠点だったのです。

 

上方から運ばれた生活必需品

元和3年(1617)、山崎離宮八幡宮の社家の川原崎某が大坂の油を江戸で売ることを思いつき、備前屋惣右衛門によって上方の油が江戸へ送られるようになりました。菱垣廻船や樽廻船など運送技術の発展も大いに関係しました。遠路なので樽に詰められ、大きさは米5斗俵と同じサイズの3斗9升に決められたということです。米俵と同サイズにすることで運賃の計算をしやすくしたものでした。

享保年間には5―7万樽が江戸に送られました。当時の江戸の人口は江戸詰めの武士50万人、町人50万人の100万人都市で、ロンドンの50万人と比べても、世界有数の大都会だったのです。

上方からの油は「下り物」「下り荷」と呼ばれ、品質のよい高級品とされ、関東近在の品は「地廻り物」として区別されました。上方からは他に米、塩、味噌、醤油、酒、木綿などが江戸に運ばれました。地廻り物が質、量共に向上するまで、上方からの生活物資は江戸の人々にとって大切なものだったのです。

江戸の油問屋は備前屋のほか、泉屋、毛馬屋、富田屋、大津屋、塩屋などの名が記されています。映画の中の悪徳商人「山崎屋」の名前は山崎の絞り油衆の由来からとったものでしょうが、当時の油問屋の中に山崎屋の名前は見られません。(『東京油問屋史』)

 

もとは二枚目スター、徳大寺伸さん

お花役の中原ひとみさん。主に現代劇に出演されていましたが、時代劇は1年ぶり。橋蔵さんと初顔合せです。可憐な商家の娘を好演しています。

薄田研二さんは今回は善役。悪役にまわったのは山形勲さん。このお二人は善悪どちらもこなすベテラン。安心して映画が楽しめます。

纏持ちの徳大寺伸さん。橋蔵さんの映画では小悪党的な役柄が多いのですが、元はれっきとした二枚目スター。清三の役では納得です。

星十郎さんが登場すると、癒されますね。

 

58年の正月作品として封切りされた『花吹雪鉄火纏』。併映作品はご存じ旗本退屈男。

デビューしてわずか2年で、主演作が正月作品として製作されるまでに、橋蔵さんの人気は急速な上昇を遂げたのでした。

 

 

(文責・古狸奈 2012423