「任侠木曽鴉」
「任侠木曽鴉」
(1865・8・1 東映京都作品)
原作/脚色・比佐芳武
監督・工藤栄一
<配 役>
松戸の新太 …大川 橋蔵
関のお六 …丘 さとみ
お 京 …鈴村 由美
中塚修理太夫 …遠藤 辰雄
小松屋鉄五郎 …天津 敏
桶川の宗助 …内田 良平
玉村の伊三郎 …大友柳太朗
ものがたり
赤木屋の番頭と自称和田屋喜兵衛の仕組んだ罠にはまり、窃盗の濡れ衣を着せられて牢に入っていた松戸の新太は出所すると、ただちに赤木屋に向かった。1年前の恨みを晴らそうとしたが、赤木屋は没落一歩手前。おまけに密かに想っていたお京の優しさに、いたたまれなくなった新太は和田屋を求めて再びさすらいの旅に出るのだった・・・
新太はゆきずりに助けた人足から、赤木屋事件の常廻り役人が中塚だったことを知る・・・
愁いと渋さ、鋭さが加わって
東映時代劇黄金時代、多くの脚本を手がけた比佐芳武氏が自らの原作を脚色、監督は工藤栄一氏で、木曽を舞台にした痛快な股旅物が仕上がりました。
橋蔵さんは濡れ衣を着せられ、自分を陥れた相手を探して歩く旅がらす。草間の半次郎シリーズとはちょっと違って、愁いと渋さ、鋭さが加わった男ぶりを見せています。
丘さとみさんは関のお六。今回は橋蔵さんの恋人役ではなく、新太を慕うお京の恋を実らせようと一肌脱ぐ義侠の女。顔も幾分丸くなって、鉄火な姐御が似あってきました。
鈴村由美さんのお京。こちらは当時の日本女性の理想像。お淑やかで控えめで、ただただ尽くそうとするタイプ。男性にとっては最高の女性でしょうが、何ともじれったい。想いも言えず、新太の身を案ずるあまり、隠れていればいいのに、ふらふらと出て行って逆に捕まってしまったり。古典派ヒロインの典型といえるでしょう。
それに目明しと称する玉村の伊三郎、実は国定忠治と桶川の宗助、実は子分の日光の円蔵が加わって、物語が展開していきます。大友柳太朗さんの貫録ある忠治、内田良平さんの円蔵の機知にとんだ動きが物語に幅を持たせています。
向う傷の格好いい奴
映画は国定忠治についての字幕から始まります。続いて新太が窃盗の疑いをかけられる場面。字幕を読んだあとなので、てっきり新太が忠治一家の縁者かと思ったら、全然関係ないのです。
窃盗の罪をきせられ、厳しい吟味の結果、額に受けた傷。釈放される頃には、若々しかった新太が額に向う傷のちょっと凄味のあるやくざへと変わっています。
股旅物によくあることですが、『いれずみ半太郎』や『大喧嘩』など、最初は頼りない若者だった主人公が、ほとぼりがさめるまでの何年か旅をして、滅法強くなっているのです。この『任侠木曽鴉』も同じで、牢から解き放たれた途端、橋蔵さんの颯爽として格好のよいこと。牢内で剣術の稽古などできるはずないのに、なんて野暮なことは考えずに、素敵な橋蔵さんの活躍を楽しませていただくことにしましょう。
奈良井宿に憎い和田屋をたずねてみると、恐妻家で気の弱い男が本物の和田屋喜兵衛。ミヤコ蝶々、南都雄二さんの漫才コンビの掛け合いが楽しい場面です。結局、女房に毒づかれながら、人のよさそうな和田屋の姿に、自分を陥れた本物は別にいることを知るのです。そして、新太を見張る気配・・・
仇を探し求めるうちに、伐採場の人足を助け、材木の横流しの事実を知る新太。最後は国定忠治と円蔵に助けられて、悪人どもを滅ぼします。
濡れ衣理由は横恋慕
今回の悪役は中塚修理大夫の遠藤辰雄さんと小松屋鉄五郎の天津敏さん。赤木屋のお京に執心の山奉行中塚に取り入ろうとする小松屋鉄五郎。お京を我がものにするために、邪魔な新太を陥れ、罪を着せるという実に単純明快な動機づけ。遠藤さんの中塚は憎みきれないとぼけた悪人ぶりですが、天津さんの鉄五郎は憎々しく全くもって嫌な奴。このお二人、任侠路線以降、ますます悪に磨きがかかっていきます。
また、遠藤辰雄さんと鈴村由美さんはのちにテレビの『銭形平次』にレギュラー出演。三ノ輪の万七親分と行きつけの一膳飯屋の看板娘で、お茶の間を楽しませてくれました。
農民に慕われた忠治
ところで国定忠治(1810~1851)は本名、長岡忠次郎。上州佐位郡国定村(現在の群馬県伊勢崎市国定村)に生まれた江戸時代後期の侠客です。
生家は豪農だったようで、米、麦などを耕作し、農閑期には養蚕などを営んでいました。
1819年、忠治が9歳のとき、父与五左衛門が死去。家督は弟に譲り、忠治は無宿者に。17歳のとき、大前田英五郎の縄張りを受け継ぎ、百々村(どうどうむら)の親分として独立。縄張りのためなら争いも辞さず、私闘を繰り返したようです。
天保5年(1834)、大前田英五郎と敵対していた島村伊三郎を謀殺したことから、関東取締出役に追われる身に。このころから、常に長脇差と鉄砲を身につけていたと言われています。
最後は捕えられ、博奕、殺人、関所破りなど、いくつかの罪状のうち、一番罪の重い大戸関所破りをしたことで、大戸処刑場で磔となりました。享年41。
捕り方の必死の捜索にもかかわらず、忠治がなかなか捕まらなかったのは、天保の飢饉のとき、私財を投げ打って、農業用水を整備し、沼の底をさらったり、窮民を救済したことから、農民に慕われ、匿われたからでした。荒っぽい面よりも弱い者に慈愛の目を向ける侠客としての面が強調され、講談や映画、新国劇の題材として数多く取り上げられるようになりました。
ちょっと哀愁を帯びた名場面が多く、「赤城の山も今宵限り・・・」「俺には生涯手前という強い味方があったのだ」「国定忠治は鬼より怖い。にっこり笑って人を斬る」などの台詞が知られています。
挿入歌はもう古い?
股旅映画に付きものの挿入歌。『喧嘩道中』では花村菊江さんが鳥追い姿で、『旅笠道中』では三波春夫さんが旅芸人に扮して登場、唄っています。どちらも映画をよりうきうきと楽しくする効果があったように思います。
この作品にも唄が流れるのですが、今回はどうも唄だけが浮いて感じられるのです。前述の2作品に比べて、『任侠木曽鴉』は怨みを晴らそうと旅する新太にかぶせて流れる唄にしては、三波春夫さんの声質が華やかで明るすぎるのです。今までと違い、比較的深刻な重い内容で物語が進んできている中で、突然、別世界に連れて行かれる感じで、どうにもそぐわないのです。
娯楽時代劇には「立ち回り」「衣裳」「ショー的要素」の3つが必要と言われます。挿入歌はショー的要素の一つなのかもしれませんが、気づかないうちに時代の流れは、股旅映画に挿入歌を流すテクニックが古くなっている、ということなのかもしれません。
目をつぶって歌だけを聴いていると、三波さんの歌声は素敵なのですが・・・
新太が渡り、お六とお京が駕籠で追いかけて渡った流れ橋。数々の時代劇映画に登場した流れ橋は川が増水するたびに流され、今度はコンクリートで再建されました。木造の雰囲気を残した、ということですが、懐かしい橋の姿は変わってしまいました。ここにも時代劇を撮影できる場所が減った現実に直面することとなっています。
(文責・古狸奈 2016・5・5)
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