「丹下左膳」

「丹下左膳」

 1958318 東映京都作品)

  原作・林不忘 

  脚色・中山文夫

  監督・松田定次

 

  <配 役>

   丹下左膳  …大友柳太朗

   柳生源三郎 …大川 橋蔵

   萩  乃  …美空ひばり

   お  藤  …長谷川裕見子

   ちょび安  …松島トモ子

   鼓の与吉  …多々良 純

   将軍吉宗  …東千代之介

    大岡越前守 …月形龍之介

  蒲生泰軒  …大河内傳次郎

  愚楽老人  …薄田 研二

                  峰 丹波  …山形  勲

ものがたり

 貧乏大名柳生対馬守は、伊賀の暴れん坊と異名をとる弟源三郎に、100万両のありかを封じ込めたという「こけ猿の壷」の由来を知らないまま壷を与え、司馬道場に婿入りさせた。

 しかし、壷はスリの与吉に奪われ、隻眼隻手の怪剣士、丹下左膳へ・・・やっと柳生家に戻った壷はいつの間にか偽物にすりかえられていた。

 一方、司馬道場の乗っ取りを企む丹波一味にさらわれた萩乃を助けに行った源三郎に、敵の刃が迫っていた・・・

 

ニヒルな男から豪快なおじちゃんへ

 『丹下左膳』の作者、林不忘は大正末期から昭和初期にかけて、谷譲次、牧逸馬、林不忘の3つのペンネームを使い分けて活躍した作家。林不忘の名で創り出したのが、この『丹下左膳』です。

 最初に登場した無声映画『新版大岡政談』(1928年、伊藤大輔監督)では、左膳は脇役でした。しかし、そのイメージは強烈で、片目片腕の異形のヒーローとして何度も映画化されることになりました。

 最初はニヒリストで反逆児的な要素が強かった左膳も、戦後になると、角がとれ、長襦袢をちらつかせ、刀を口にくわえて抜き取る姿も豪快な左膳へと変わっていきました。ニヒルな男から豪快で明るいおじちゃんへと変貌したのです。同一キャラクターでこれだけ変わるのも珍しいといわれています。

 

戦後を代表する大友さんの左膳

 左膳といえば戦前、戦後を通じ、大河内傳次郎さんが第一に挙げられています。伊藤大輔監督の『新版大岡政談』は無声映画の傑作といわれ、その後も同監督とのコンビで、多くの作品に出演し、左膳のヒーロー像を作り上げました。トーキーになって作られた、33年の『丹下左膳』では「シェイは丹下、名はシャゼン」という大河内さん独特の言い回しが一世を風靡しました。

 とはいえ、戦後の左膳しか知らない私には、丹下左膳といえば大友柳太朗さん。目玉をギョロッとさせ、すばやい抜き身と豪快な立ち回りは観る者をスカッとさせたものでした。おまけにちょっと単純といえそうな思考回路と人の良さ。赤い長襦袢をちらつかせて走る姿には粗野な色気さえ漂い、乱暴ものだが憎めない長屋の子どもたちに慕われるおじちゃんが左膳なのです。

大友さんは58年から62年にかけて5本の『丹下左膳』に主演し、橋蔵さんはそのうち4本に共演しています。

 また、大河内傳次郎さんが左膳役を大友さんに譲り、蒲生泰軒役でレギュラー出演しているのも話題のひとつでしょう。

 この作品は『丹下左膳 決定版』と謳っているだけあって、配役も豪華。レギュラーメンバーのほか、萩乃に美空ひばりさん、将軍吉宗に東千代之介さんが出演しています。

 

楽しい金魚くじ

 ものがたりは「こけ猿の壷」をめぐる丹下左膳としてはお馴染みのもの。

 日光東照宮修築奉行に、「こけ猿の壷」の由来を知った大岡越前守が将軍吉宗に進言して、愚楽老人と柳生に決まるよう仕向けるのですが、その方法が金魚くじという楽しさ。大広間に各藩の代表が居並ぶ中、御殿女中が水を張った金魚鉢を捧げ持って来る場面はエキストラの動員数といい、東映時代劇の黄金時代なればこそといえるでしょう。

莫大な費用を必要とする東照宮の修築工事と参勤交代は、大名の経済力を疲弊させるための幕府の施策でした。金魚くじに外れた各藩の代表の相好が崩れるのも無理ないことだったのです。貧乏大名柳生対馬守に大役が回ったことと、「こけ猿の壷」に100万両の秘密が隠されていることから、丹下左膳と柳生源三郎の活躍が始まります。

「こけ猿の壷」をめぐり、人間の欲や取らぬ狸の皮算用であたふたする人々の滑稽さ。結局、本物の財宝よりも精進する姿勢の方が100万両の価値があるとする、社会風刺や教訓をまじえながら、オーソドックスな楽しい作品に仕上がっています。

 

ほのぼのとしたラブシーン

この作品での橋蔵さんとひばりさんのおしどりコンビ。

司馬道場の様子を探りに植木職人に化けてもぐりこんだ源三郎が、「源三郎さんがあっしみたいな男だったら、どうでござんしょう」という茶目っ気ぶり。問われて一瞬恥じらいながら、次にやりかえす萩乃のひばりさん。ふたりの呼吸はさすが黄金コンビです。

お互いの心を打ち明けあうほのぼのとしたラブシーンも素敵ですね。

松島トモ子さん扮するちょび安や長屋の子どもたちは『丹下左膳』にはなくてはならない存在。心が和む清涼剤のようなもの。

ひばりさんや松島トモ子さんの歌も入り、全篇に潤いを与えています。

 

豪快な大友さんと華麗な橋蔵さん

『丹下左膳』シリーズで必ず登場する大友柳太朗さんと橋蔵さんの対決シーン。左膳の「おぬし、なかなかやるではないか」は定番の台詞。毎回、対決し、結局は雌雄決することなくお預けになるのですが、群がる相手をバッタバッタと斬り倒す左膳の立ち回りが多い中で、対決シーンは適度な緊張感を高める効果があるようです。

大友柳太朗さんの立ち回りは斬られ役の役者さん泣かせ。

福本清三さんの『どこかで誰かが見ていてくれる』によると、大友さんはテストで打ち合わせをしても本番になると、自分の好きなように斬り込んでくるので、危なくて生傷が絶えなかったのだとか。台本を懐に入れ、決死の覚悟で受けて立つ斬られ役の役者さんたちがいればこそ、丹下左膳の豪快な立ち回りが実現したのですね。

一方の橋蔵さんは殺陣師と口伝てで打ち合わせただけで、そのままテスト、本番。動きも踊りのようだったとか。

豪快な大友さんと華麗な橋蔵さんの立ち回り。ふたりが正反対だからこそ、数多くの共演作品が生まれたということなのでしょう。

 

 

(文責・古狸奈 2011228