「血槍無双」

 

「血槍無双」

 1959111 東映京都作品)

  脚本・小国英雄 

  監督・佐々木康

 

  <配 役>

   俵星 玄蕃  …片岡千恵蔵

   杉野十平次  …大川 橋蔵

   俵星  妙  …花園ひろみ

   大石内蔵助  …大河内傳次郎

   お   蘭  …長谷川裕見子

                堀部安兵衛  …黒川弥太郎

ものがたり

 松坂町界隈にお目見えした夜鳴き蕎麦屋の平次は、赤穂浪士、杉野十平次の仮の姿。吉良邸の様子を探り、討ち入りの機会をうかがっていた。しかし、十平次の武芸はさっぱりで、同志からも馬鹿にされる有様だった。

 吉良の思い者、お蘭をくどき、探りを入れるよう命じられた十平次は、これも未熟な武芸ゆえと悩み、俵星玄蕃に槍を教えてくれるよう頼み込む。

 十平次が何者かを見破っていた玄蕃はある日、屋敷内で戦うこともあろう、と無辺流畳返しを伝授。一方、お蘭からは吉良の動向を得た。

 元禄151214日。朝からの大雪。山鹿流陣太鼓が響く。畳が舞い、目覚しい活躍の十平次の額には妙の簪があった。

 

玄蕃と夜鳴き蕎麦屋

 俵星玄蕃は文化の頃の講釈師、大玄斎蕃格の創作といわれ、「玄蕃」の名は自分の大玄斎蕃格から、「俵」は槍が突く米俵、「星」は忠臣蔵の大星由良之助からとったと伝えられています。

 一方の杉野十平次は実在の人物。赤穂では8両3人扶持の下級武士ですが、母方の家系が資産家の萩原一族に繋がっていることから、浪士の中では裕福で、生活に困っている仲間の援助などをしていたようです。討ち入り後は毛利家預かりの身となり、元禄1624日、切腹して生涯を閉じました。享年28

 この作品では平次と名乗っていますが、一般的には「夜鳴き蕎麦屋の十助」が通り名となっています。そして槍が突くのも、畳ではなく米俵。

 この俵星と十平次の話が発表されると、評判を呼び、「忠臣蔵」外伝として取り上げられるようになりました。芝居や映画はもとより、歌の世界でも三波春夫さんが浪曲出身の朗々とした語りや台詞をまじえて、その芸能生活の集大成ともいうべき長編歌謡浪曲『俵星玄蕃』(作詞・北村桃児 作曲・長津義司)を歌い上げています。最近は若手の女性歌手島津亜矢さんが受け継いで人気を博しているようです。(Wikipedia

 

武芸はまるっきりダメ

 橋蔵さんは「夜鳴き蕎麦屋の平次」こと、杉野十平次で登場します。いつもは強い橋蔵さんが、今回は武芸はまるっきりダメという役どころ。何をやらせても満足にできず、たまたま蕎麦屋をやらせたら、結構いい味が出せているので、と言われ、討ち入りに加わっても足手まといになるだけ、と迷惑がられる始末。なんとも情けない十平次さんなのです。

 妙目当ての弟子たちの話を聞き、玄蕃から呼び止められたことが縁で、玄蕃、十平次、妙の交流が始まるのですが、やがて十平次と妙との間に恋心が・・・

 そこに吉良の妾、料亭の女将・お蘭が十平次に一目惚れすることになって、話は複雑に・・・

 

問わずに察する思いやり

 この作品の登場人物はみな、いわくありげな十平次に対して、事細かに問いただすようなことはせず、相手の思いを推し量り、行動するという腹芸が随所にみられ、情感のあふれたしみじみとした作品になっています。

 討ち入りのための槍術修行と見破った玄蕃が、屋敷の中で戦うこともあろう、と畳返しの極意を教え、妙への恋心と吉良の動向を知りたい十平次の心を知ったお蘭が、鏡の裏に日付を記す複雑な女心。ひたすら十平次の身を案じる妙・・・三人三様の思いやりの形が見るものに感動を与えます。

 特にお蘭の、十平次が妙のかんざしを手におのれの立場をわび、逡巡する姿に嫉妬を覚えながら、結局は日付を教えてしまい、恋が遂げられず、綺麗なまま帰してしまった不甲斐なさと、決して許されない吉良への裏切りをしたことに、最近の吉良に不満を持つ心がどこかにあったのだろう、と使用人の仲居に愚痴をこぼす女心が何ともせつなく胸を打ちます。長谷川裕見子さんならではのお蘭は文句なく絶品です。

 

気持ちをあらわすかんざし

 玄蕃が食べた蕎麦代にと、妙から渡されたかんざし。やがて十平次にとって、妙への思いをつなぐ大切な宝物となっていきました。ことあるごとに心の支えとなり、お蘭とのことで詫びを入れたり、討ち入り当日、十平次の額には妙のかんざしが。十平次の気持ちを象徴的にあらわす小道具として、効果的に使われています。

 花園ひろみさんの妙の優しい美しさ。妙目当てに弟子入りする町人たちの気持ちもよくわかりますね。橋蔵さんも玄蕃に槍で突かれ、意識朦朧。妙に助け起こされ、一瞬正気が戻ったものの、「違えねえ」と言いながら、もう一度気絶してしまいました。

 

千恵蔵さんと互角に

 橋蔵さんと千恵蔵さんとの本格的な共演は『はやぶさ奉行』以来、2年ぶり。十平次が玄蕃に呼びとめられ、道場の玄関先でのやりとり。「くだけた調子でやらなければと思いながら、千恵蔵先生の前に出ると、硬くなっちゃって」と語る橋蔵さん。片岡千恵蔵さんは橋蔵さんにとって、大きな存在でした。それでも互角に演じきり、役者としての成長ぶりをのぞかせています。

 実際、片岡千恵蔵さんの玄蕃は貫禄充分。飲んだくれているようで、しっかり状況を見ていて、十平次を応援します。もともとは米俵を飛ばすのですが、この『血槍無双』では畳。畳を飛ばす撮影は11枚の畳に糸をつけ、タイミングを合わせて、裏方さんが糸を引いたようですが、撮影は大変だったことでしょう。畳が舞い、十平次が「先生、できた!」と叫ぶときの橋蔵さんの笑顔が印象的。そのあとは畳が次々飛んで、十平次は大活躍。今までの苦労が報われた瞬間でした。

 

 いつもは相手をバッタバッタとなぎ倒す橋蔵さんが、槍の練習で道場中を転げまわり、おそらく打ち身と擦り傷だらけになっただろう、今回の『血槍無双』。十平次の心のひだを丁寧に追うきめ細やかな演技。ただの2枚目スターから一皮むけた記念すべき作品となったことは間違いありません。

 

 

(文責・古狸奈 2010815)