「大江戸評判記 美男の顔役」
「大江戸評判記 美男の顔役」
(1962・1・14 東映京都作品)
脚本・小国英雄
監督・沢島 忠
<配 役>
金子市之丞 …大川 橋蔵
河内山宗俊 …山形 勲
暗闇の丑松 …渥美 清
片岡直次郎 …里見浩太朗
千葉栄次郎 …山城 新伍
琴 江 …桜町 弘子
勘美津 …花園ひろみ
おもん …浪花千栄子
中野碩翁 …月形龍之介
ものがたり
江戸下谷練塀小路の河内山宗俊のもとで、真面目くさって相談しているのは、宗俊、金子市之丞、丑松、直次郎のいずれも一癖ある悪党ども。
御目付衆に出世したという便りを真に受けた、直次郎の母おもんが江戸にやって来るというのだ。こうなったら御目付衆になりすまそうと、空屋敷になっている碩翁の今戸の下屋敷を無断借用して、母子対面の宴たけなわ。
ところが、空屋敷の灯に不審を抱いた碩翁一行がやって来たから、さあ大変。何とかその場は取り繕ったが、「家賃は高いものにつくかもしれぬぞ」と碩翁に釘をさされて・・・
『天保六花撰』
河内山宗春(創作物では宗俊)は徳川家斉の時代、江戸城西の丸に出仕し、将軍や大名の世話をしていた御表坊主で、文化5年(1808)頃から、博徒、御家人くずれと徒党を組み、親分格になり、女犯した出家僧を脅迫したり、悪事を重ねていました。水戸藩の富くじの不正をかぎつけ強請り、文政6年(1823)捕縛され、牢内で獄死しました。墓は港区北青山の高徳寺。
宗春が取調べ中に牢死したため、具体的なことは一切不明で、このことが逆に庶民の想像をかきたて、義賊化していくことになりました。
明治初年、2代目松林伯圓が宗春を題材にした講談「天保六花撰」を発表、その後、歌舞伎で取り上げられ、明治14年(1881)、河竹黙阿弥作「天衣紛上野初花」(くもにまごううえののはつはな)が東京・新富座で初演され、9代目市川団十郎の型が現在に続いています。
『天保六花撰』の「六花撰」は河内山宗俊(創作物では御数寄屋坊主。強請りたかりを生業)、片岡直次郎(御家人くずれ、河内山の弟分、直侍)、金子市之丞(剣客)、森田屋清蔵(盗賊の首領、表向きは海産物問屋)、暗闇の丑松(博徒、直侍の弟分)、三千歳(花魁、直侍の恋人)の6人。橋蔵さん扮する金子市之丞はその中の1人。
ちなみに茶坊主には、御表坊主(公式の場の案内や取次ぎ、給仕)、奥坊主(将軍の私的な部屋の世話)、御土圭坊主(おとけいぼうず・時計、時間を担当)、御用部屋坊主(重役クラスの執務室である御用部屋担当)、御数寄屋坊主(茶道)と分かれ、一般的にはお坊主衆と呼ばれていました。本来は将軍には会えない御目見え以下の御家人の役職だったので、僧形で仕えたということです。
身分は低かったものの、将軍近くに仕える立場から、大名の秘密を知る機会も多く、口止め料といった意味合いの付け届けもあり、経済的には裕福だったようです。(Wikipedia、日本大百科全書)
この『美男の顔役』は普通は宗俊と直次郎を中心に展開する物語を、金子市之丞にスポットを当て、小国英雄氏の脚本で映画化されたものです。
それぞれの悪党ぶり
映画が始まるとまず、登場人物それぞれの悪党振りが披露されます。大きな磁石を懐に入れ、次々と小判を釣り上げる暗闇の丑松。尿瓶を名宝だと高く売りつける宗俊。勘美津が手篭めにされそうになったところで、俺の女に手を出したな、と美人局で凄みをきかせる市之丞・・・そして橋蔵さんの市之丞のモテモテぶり。全てが軽快なコメディータッチで展開していきます。どちらかというとドタバタ的な笑いもふんだんに取り入れられ、沢島監督にしては珍しい趣向の作品となっています。
出世したという便りを真に受けて母親が江戸に来るというので、何とかしてくれと兄弟分達に頼み込む直次郎。どうにもできない、と言われ、ワァーッと畳に突っ伏して大泣きしたかと思ったら、そっと頭を持ち上げて、仲間の様子を窺い・・・里見浩太朗さんの直次郎の可愛らしいこと。世間知らずの悪ガキぶり。里見さん、今では黄門さまを演じられるお年ですから、年月を感じますね。
家賃は高いものに
空屋敷に先客として入り込んでいた乞食たちをも俄武士に仕立て、直次郎の母親おもんの歓迎の宴。猿廻しの猿のような衣裳を身にまとった直次郎の御目付衆ぶり。今にもボロが出そうな家来衆の立ち居振る舞い。窮屈そうなおもん。それでも宴はたけなわとなったところで、空屋敷の灯に不審を抱いた屋敷の主、碩翁一行がやってきたから、さあ大変。
一同が騒然となるところで、市之丞は少しもあわてず堂々と応対、屈託のないおもんの振る舞いに碩翁はその場を見逃します。だが、玄関先まで見送りに出た市之丞に、碩翁は「家賃は高いものにつくかもしれぬぞ」と釘をさして去っていくのです。
碩翁のキッと市之丞を見据える眼。堂々とした腹芸。月形龍之介さんの碩翁は威厳に満ちていて、市之丞は内心身のすくむ思いだったことでしょう。「家賃はこの首かも知れぬ」と覚悟を決める市之丞。この作品前半の山場です。
母親を恋うる思い
物語の最後、全てが一件落着したところへ、捕り方の御用提灯の波が。これが家賃の支払いか、と合点した市之丞は、品川で待っているというおもんに会いに行く時間の猶予を願い出ます。
品川でのおもんとの再会と別れ。一言「おっかさん」と呼ばせてほしいと言う市之丞。自分の親でもないのに死を覚悟してまでの母親を恋うる思い。
橋蔵さんの映画には『新吾』をはじめとして、母親を恋しいと思う役どころが結構見られます。『霧の中の渡り鳥』では実母を慕い、『旅笠道中』では弟分の身代わりとして、親孝行、この『美男の顔役』では体を張って、直次郎母子の幸せを守ろうとするのです。親との縁が薄く、それゆえに悪に走った市之丞の、おもんに実の親であってほしいという夢が託されていたといえるでしょう。
このような成人した男子が母親を恋い、慕うような作品は現在ではすっかり見られなくなりました。これも家族関係が希薄になったあらわれかもしれませんね。
メキシコでは曜日に関係なく5月10日が母の日。一般家庭にとってクリスマスに並ぶ最も大切な日で、職場は半日。メキシコ国中の子どもたちが母親の元にこぞって集結します。
寅さんと里見さんの市之丞
この作品で暗闇の丑松を演じている渥美清さん。一世を風靡したふうてんの寅さんシリーズ『男はつらいよ』の第1作がスタートするのは1969年。『美男の顔役』出演から7年後のことでした。
また、平成12年(2000)3月、御園座の「里見浩太朗特別公演」で『美男の顔役』が上演され、里見浩太朗さんが金子市之丞を演じています。里見さんが橋蔵さんの市之丞を参考にされたであろうことは想像に難くありません。
(文責・古狸奈 2010・10・25)
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