「忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻」

「忠臣蔵 桜花の巻・菊花の巻」

       1959115 東映京都作品)

  脚本・比佐芳武 

  監督・松田定次

 

  <配 役>

   大石内蔵助   …片岡千恵蔵

   浅野内匠頭   …中村錦之助

   岡野金右衛門  …大川 橋蔵

   岡島八十右衛門 …東千代之介

   お た か   …美空ひばり

   吉良上野介   …進藤英太郎

   堀部安兵衛   …大友柳太朗

   脇坂淡路守   …市川右太衛門

    (その他 東映オールスター)

 

ものがたり

元禄14年春、赤穂藩主浅野内匠頭は朝廷からの年賀答礼使接待役を命ぜられたが、諸式指南役の吉良上野介への贈答品が少なかったため、ことごとく意地悪い仕打ちをされるのだった。

 314日、ついに堪忍袋の緒が切れた内匠頭は松の廊下で刃傷に及び、家は断絶、身は切腹となり、田村邸でその生涯を閉じるのだった。

 報せが赤穂に飛び、藩論は二分、病床の橋本平左衛門は一同の奮起を促すため、腹を切り、主君の後を追ってしまう。

 城明け渡しの日、闇に浮かぶ天守閣に慟哭する内蔵助・・・(「桜花の巻」)

本心か偽りか、廓で遊興にふける大石内蔵助には常に監視の目が光っていた。身なりを変え、吉良邸を探る浪士たち。岡野金右衛門の許婚、おたかも仮祝言のあと、吉良邸に密偵として入ることとなる。

苦難の末、ついに討ち入りの日はやって来た・・・(「菊花の巻」)

 

元禄赤穂事件

 おなじみ『忠臣蔵』の映画化です。

 松の廊下で吉良上野介に刃傷に及び、切腹させられた浅野内匠頭の浪士、四十七士が吉良邸に討ち入った事件は「元禄赤穂事件」として後世に伝えられました。武家社会のショッキングな事件だっただけに、すぐ翌年には『曙曽我夜討』として上演されたものの3日で禁止。4年後の宝永3年(170610月、近松門左衛門作で浄瑠璃『碁盤太平記』が竹本座で上演されたのが、資料に残る最初とされています。

 その後、集大成として、寛延元年(1748)8月、2代目竹本出雲、三好松洛、並木千柳の合作で『仮名手本忠臣蔵』が人形浄瑠璃で上演されると評判を呼び、歌舞伎でも取り上げられ、現在に至っています。

 当時、同時代の武家社会の事件を上演することは禁止されていたため、『太平記』の時代に舞台を移し、内匠頭を塩谷判官、吉良上野介を高師直、大石内蔵助を大星由良助と名前を変え、上演されました。

 明治になってからは実名が可能になり、多くの芝居や映画が製作されるようになりました。

『忠臣蔵』は大きく、事件の史実を扱った「本伝」、個々の浪士に焦点を当てた「義士銘々伝」、周辺のエピソードを取り上げた「外伝」に分かれ、浪士だけでも47人と数が多いだけに、題材に事欠かず、様々な作品が生まれています。事実、『忠臣蔵』を出せば当たる、と言われ、今でも12月になればどこかで『忠臣蔵』を題材にした作品が上映されるほどの人気狂言となっているのです。

 

黄金期の贅沢な作品

 1959年の正月作品として製作されたこの『忠臣蔵』は、東映時代劇黄金時代の中でも最も贅沢な作品といえるでしょう。

 配役はもとより東映オールスター。しかも、役それぞれが極め付きとでもいうべきキャスティング。片岡千恵蔵さんの大石内蔵助、錦之助さんの浅野内匠頭、大友柳太朗さんの堀部安兵衛、その父親の弥兵衛は薄田研二さん。橋蔵さんは四十七士の中でも一番の美男と伝えられている岡野金右衛門。進藤英太郎さんの吉良上野介はまったくもって憎っくき敵役です。

 映画は「桜花の巻」と「菊花の巻」の2部に分かれ、前半が事件の発端から内匠頭の切腹、城明け渡しまで。後半がその後、吉良邸討ち入りまでの3時間構成。『忠臣蔵』の多くのエピソードの中でも一番知られている内容が取り上げられ、正統派といえる作品です。

内匠頭が刃傷に及ぶまでの経緯も、翌年の『赤穂浪士』では中村賀津雄さん扮する畳職人などが語り部となって物語が展開するのと違って、この作品では内匠頭に焦点を当てた形でじっくりと描かれています。吉良上野介のいやがらせに、怒りが爆発していく過程がじわじわと描き出され、観客も感情移入がしやすく、悲しみと同情を寄せることができる比佐脚本の真骨頂とでもいえる手馴れた構成となっています。

 

美男だった岡野金右衛門

さて、橋蔵さん扮する岡野金右衛門(包秀 かねひで 16801703)は浪士の中で一番の美男子だったと伝えられています。内匠頭刃傷のときはまだ部屋住みでしたが、父親が血判書を提出後、病に倒れたため、代わりに浪士間の連絡を取るようになりました。父親の死後、金右衛門の名を継ぎ、本所相生町の前原伊助宗房の店に移ったことから、吉良邸の絵図面を大工の娘に盗ませ、本懐を遂げるためとはいえ、娘心を踏みにじる罪の意識に悩む逸話が生まれたようです。

実際は寺坂信行の筆記に「吉良邸図面は内縁を以って入手した」とあるそうで、吉良が移ってくる前の屋敷の主、松平信望の家臣に内蔵助の親族がいて、その者から得た、というのが真相ではないか、ともいわれています。この作品では美空ひばりさん扮するおたかが密偵として、吉良邸に入り込み、金右衛門に密かに渡す形になっています。

岡野金右衛門は本懐後、伊予松山藩主松平定直邸に預けられ、元禄16年2月4日、その生涯を閉じました。享年24。俳人としても優れ、雅号は放水子、竹原。大高忠雄編の『俳諧二ツ竹』にも岡野の句が収められているということです。

 

絢爛豪華な廓の場面。普通ならその他大勢に扱われそうな遊女たちにも主演級の女優さんたちが紛れていて、オールスターならではの贅沢の極みといえましょう。

 スターシステムをとる当時の東映が豊富なスターを割り振っての忠臣蔵絵巻。赤穂浪士という男性中心の物語だけに女優の役どころが少なく、美空ひばりさんのおたかはそうした中で生み出された想像上の人物でした。

 オールスター映画の中とはいえ、まだ初々しさの残る橋蔵さんとひばりさんの「トミイ・マミイコンビ」はファンにとって、いつ見ても楽しい胸躍る作品となりました。

 

 

(文責・古狸奈 20121226