「丹下左膳 妖刀濡れ燕」
「丹下左膳 妖刀濡れ燕」
(1960・1・5 東映京都作品)
原作・林不忘
脚色・小国英雄
監督・松田定次
<配 役>
丹下 左膳 …大友柳太朗
相馬源之助 …大川 橋蔵
萩 乃 …桜町 弘子
お 藤 …青山 京子
ちょび安 …松島トモ子
鼓の与吉 …多々良 純
蒲生 泰軒 …大河内傳次郎
大岡越前守 …山形 勲
糸 路 …丘 さとみ
天野伝八郎 …岡田 英次
根来 一角 …月形龍之介
ものがたり
長屋の子どもたちに祭りを楽しませてやろうと道場荒らしを始めた左膳だったが、ろくに金は集まらず、最後の伊庭道場では病気の一心斎に代わって出てきた娘の萩乃に心を奪われ、一本取られてしまう始末。
結局、左膳は金のため、奥州相馬家のお家騒動に乗り出した。老中に多額の賄賂を送ろうとする主膳派と、阻止しようとする伝八郎派とで、江戸に送る金を巡って争奪戦が繰り広げられていた。何かいわくありげな糸路・・・
一方、一心斎は根来らの行動を探らせようと、下男の源助を伴に萩乃を発たせるのだった。
明るく豪放、大友左膳
『丹下左膳 妖刀濡れ燕』は大友柳太朗さんの丹下左膳シリーズ『丹下左膳』(58)、『丹下左膳 怒涛篇』(59)に続く3作目の作品です。今回も橋蔵さんは相馬源之助役で出演。呼吸のあった共演ぶりで、映画をより楽しいものにしています。
もともと丹下左膳は、林不忘によって1927年(昭和2)10月から翌年5月まで、毎日新聞に「新版大岡政談・鈴川源十郎の巻」として連載。このとき、左膳は関の孫六の名刀、乾雲丸・坤竜丸争奪戦物語の一登場人物にすぎませんでしたが、隻眼隻腕の異形と、小田富弥、志村立美の挿絵が人気を呼び、その後、左膳が独立して書かれるようになりました。
1933年(昭和8)6月から11月まで毎日新聞で、1934年(昭和9)1月から9月まで読売新聞で「こけ猿の壺」が連載されました。性格もニヒルな左膳から正義の味方へと変貌していきます。映画会社3社はこぞって『丹下左膳』を映画化。団徳磨、嵐寛寿郎、大河内傅次郎さんらが左膳を演じました。中でも大河内さんの「シェイは丹下、名はシャゼン」の独特な台詞回しは強烈な印象を与え、左膳役者としての人気をほしいままにしました。
戦後になって登場した大友柳太朗さんの左膳は豪放で明るく、めっぽう強いが子供に優しい小父ちゃんで、ちょっと単純ともいえる思考回路。女物の赤い襦袢をチラつかせながら急場に駈ける姿など、片目片腕の異形でありながら親しみさえ感じさせるキャラクターを作り上げました。今回も娯楽時代劇の醍醐味がたっぷり味わえる作品となっています。
豪華配役の正月作品
60年の正月作品として製作された『妖刀濡れ燕』はセミオールスターの豪華な配役。お馴染み大友柳太朗さんの左膳、源助こと相馬源之助の橋蔵さん、一心斎の娘、萩乃に桜町弘子さん、糸路に丘さとみさん、蒲生泰軒に大河内傳次郎さん、櫛巻きのお藤に今回は青山京子さんがつとめ、鼓の与吉に多々良純さん、ちょび安に松島トモ子さんとレギュラーも健在です。月形龍之介さん、山形勲さんのお二人は善悪入れ替わり、大岡越前守が山形さん、月形さんは伊庭道場の根来という悪役で登場です。
動員力東映の底力
物語は奥州相馬藩のお家騒動で、老中に賄賂を贈ろうとする相馬藩城代家老・靹貞と江戸家老・主膳の一派と藩金を奪い返そうとする武術指南役・天野伝八郎の派との抗争を軸に、主膳派に組する伊庭道場の根来、鏑木。伝八郎派に雇われる左膳。大岡越前守の命を受けて出没する蒲生泰軒。伊庭道場の萩乃と源助。糸路を頭とする豊臣の残党。それにちょび安を中心とする子どもたち、と実に多彩。登場人物の関係を理解するだけでも大変ですが、藩金の行列を待ち伏せする場面では、これほどのスターとエキストラを動員できた、当時の東映の底力を見る思いがします。
哀愁を加味した仕上がり
この作品では左膳が片目片腕になった経緯を述べています。藩からの使者に向かって、先の主君によって切り刻まれてしまったことに、怨みをこめて語ります。過去の作品ではただ強いだけの左膳でしたが、悔しさを内に込めた左膳に哀愁を感じさせます。
また、自分が化け物と言われるようになったことで、美しいものへの憧れ・・・萩乃に見とれて1本取られたり、意識を失った萩乃を一晩中見守る左膳の姿と、化け物と忌み嫌う萩乃を戒める源之助の言葉、それを聞いて動揺を抑えられない左膳の苛立ち、など、心の内面まで描き出し、前回までの左膳作品にはなかった単純な勧善懲悪の娯楽作品から一歩踏み込んだ仕上がりとなっています。目をかっと見開き、悪人ばらを叩き斬る左膳と子どもたちにはメロメロになるギャップ。大友さんの左膳ならではの魅力でしょう。
違った魅力の女優陣
橋蔵さんは伊庭道場の下男・源助、実は相馬藩の若殿源之助。身はやつしていても実はれっきとした身分という役どころは毎度おなじみ。萩乃とのやりとりが楽しい作品です。
『丹下左膳』第1作で柳生藩主のご落胤ということで、柳生家に引き取られたちょび安。今回は左膳に会いたさに帰ってくる設定。旅に出た左膳のあとを子どもたちで追っていきます。
橋の上で、案山子に向かって石を投げている子どもたち。その後、左膳が鉄砲で狙われて危機一髪の際、子供たちの石つぶてで救われる伏線となっています。
武芸に秀でた一心斎の娘萩乃の桜町弘子さん。左膳を薙刀で払ったり、雲助をやっつけたり。気持ちよかったでしょうね。
お藤の青山京子さん。長谷川裕見子さんとは違った魅力に溢れていました。
最後に市川雷蔵さんや山本耕史さんで映画・テレビ化された『薄桜記』の丹下典膳。丹下左膳と名前がよく似ていますが、全く別の物語です。『薄桜記』の作者、五味康祐氏が隻眼隻腕の丹下左膳の姿のみをイメージして、作り上げた主人公だといわれています。
(文責・古狸奈 2016・1・29)
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