「朱鞘罷り通る」
「朱鞘罷り通る」
(1956・11・20 東映京都作品)
原作・山中貞雄
脚本・三村伸太郎
監督・河野寿一
<配 役>
此村大吉 …市川右太衛門
中村仲蔵 …大川 橋蔵
花沢小えん …花柳 小菊
お 松 …千原しのぶ
横井甚兵衛 …山形 勲
松平帯刀 …進藤英太郎
ものがたり
泰平の世が続き、無頼の旗本があふれていた。その中の一人、此村大吉は小えんの情におぼれ、放埓な日々を送っていた。
一方、5段目の定九郎の工夫に苦労していた仲蔵は、雨の日、帯刀のもとに乗り込んだ甚兵衛の身を案じ、風をまくようにして去って行く大吉の姿にヒントを得たのだった。
初日の市村座は、山崎街道の定九郎がすごい人気となったが・・・
此村大吉
市川右太衛門が発表する此村大吉物語の決定版、と惹句にあるように、同じ題材での映画化も多く、1954年には鶴田浩二主演、マキノ雅弘監督で『此村大吉』が発表されています。
5段目、斧定九郎
『仮名手本忠臣蔵』の5段目、山崎街道の場の斧定九郎は、初演の頃は端役がつとめる役でした。衣裳もどてら姿でもっそりした山賊スタイル。
それを黒紋付に朱鞘―黒羽二重の5つ紋を尻ぱしょりし、博多の白けんじょうに朱鞘のそりをうたせ、蛇の目をすぼめて駆け去る伊達姿に変えたのは、初世中村仲蔵といわれています。顔も白塗りの「色悪」。
この新工夫のヒントを得たのが、大吉が雨の中を走り去る姿でした。
初世中村仲蔵
中村仲蔵(1736―1790)は屋号栄屋・堺屋。門閥の厳しい歌舞伎界にあって、最下位の階級「稲荷町」から最高位「座頭」までのぼりつめた稀有な役者。定九郎の苦労話が有名。
舞踊は志賀山流で、8代目志賀山万作を名乗り、女形の所作を立役が舞踊劇として演じることに先鞭をつけたといわれています。
立役、敵役、女形とこなし、当り役は『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎、『義経千本桜』の権太、『積恋雪関扉』の関守関兵衛、『寿曽我対面』の工藤祐経など。工藤祐経の演出に異議を唱えたため、立作者、金井三笑に定九郎の役をふられたという説もあります。
橋蔵さんの仲蔵と定九郎
この作品で橋蔵さんは役つくりに苦労する歌舞伎役者、中村仲蔵の役で登場します。
弁当幕といわれ、客席は食事に夢中で、芝居には興味を示さない時間帯の、しかも端役がつとめることになっていた、山崎街道の斧定九郎役をあてがわられ、仲蔵は失意のどん底に陥ります。衣裳もさえない山賊姿。
なんとか新しい工夫をと、考えるものの思案が浮かばず、都落ちしようとした雨の夜、大吉の傘をすぼめて走り去る後姿を見て・・・
ヒントを得た仲蔵は初日の舞台で、大当たりをとるのです。
この映画で、橋蔵さんの定九郎を見た感想をへんげさんは、「橋蔵さんの定九郎は凛々しく、橋蔵さんがそのまま歌舞伎に残っていたら、間違いなく人間国宝になっていただろう」と指摘されていますが、私も同感。女形でも立役でも何でもこなせる歌舞伎俳優として、大成していたことは間違いありません。
しかし、歌舞伎に残っていたら、私たち一般には手の届かない存在になってしまっていたかもしれませんね。
舞台は劇場の席数×公演日数=入場者数で興行が成立する世界なので、毎月同じ贔屓筋のお客であろうと、客席が埋まればそれでいいわけです。ましてや大劇場は東京や大阪などの大都市に限られていますから、1年に数回まわってくればいい方。なかなか見ることはできなかったかもしれません。
逆に映画入りしてくれたおかげで、私たちも歌舞伎に興味を持つことが出来、歌舞伎をより身近に感じることができるようになったといえるでしょう。
芝居茶屋
弁当幕という言葉がでてきますが、当時の芝居小屋には幕間に休憩する所も食堂もありませんでした。代わりに、芝居茶屋が観劇のためのさまざまなサービスを行なっていました。桟敷の予約、食事の世話、芝居がはねたあと、贔屓の役者を招いての酒宴の席・・・芝居小屋の周囲には諸侯や富裕層を対象にした大茶屋、一般向けの小茶屋、出前だけの出方があり、明和年間(1764―71)には、中村座周辺には大茶屋16軒、小茶屋15軒、市村座周辺には大茶屋10軒、小茶屋15軒が営業し、盛況だったとされています。(小学館日本大百科全書、Wikipedia)
こうした芝居茶屋も昭和の初めにはすべてなくなりましたが、芝居や映画を見て、おいしいものを食べるのは今の時代でも楽しみなものですね。
(文責・古狸奈 2010・5・18)
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