「赤穂浪士」
「赤穂浪士」
(1961・3・28 東映京都作品)
原作・小佛次郎
脚本・小国英雄
監督・松田定次
<配 役>
大石内蔵助 …片岡千恵蔵
脇坂淡路守 …中村錦之助
堀部安兵衛 …東千代之介
浅野内匠頭 …大川 橋蔵
立花左近 …大河内傳次郎
吉良上野介 …月形龍之介
塚田隼人 …大友柳太朗
千坂兵部 …市川右太衛門
ものがたり
東映創立10周年記念作品として制作された『赤穂浪士』は、江戸城松の廊下で吉良上野介に刃傷に及んだ咎で切腹させられた浅野内匠頭の家臣、大石内蔵助以下四十七士の討ち入り物語。
数多くある忠臣蔵のエピソードの中で、この作品では上野介の息子で上杉藩主・綱憲(里見浩太郎)の親を助けたい思いと、藩を守らなければならない立場とで苦悩する上杉藩家老、千坂兵部の姿と、東下りの途中、偽名を使って旅をしている大石内蔵助一行の前に、ほんものが現れ、全てを察した立花左近に助けられる話が取り上げられています。
橋蔵さんの内匠頭
この作品で橋蔵さんはいよいよ浅野内匠頭として登場します。
この内匠頭の屋敷に親友の脇坂淡路守が激励に訪ねてきます。上野介のことなど気にするなとばかり笑い話をして、豪快に笑い飛ばす錦之助さんの演技に対して、橋蔵さんの内匠頭は何ともひ弱で、子どものころ見たときは、じれったく感じたものでした。
でもよく考えてみると、内匠頭が一緒になって、「そうだ、そうだ、上野介は悪い奴だ」とやってしまったら、居酒屋で上司の悪口を言いながら酒を呑むサラリーマンとかわらなくなってしまいます。内に憂いを秘めている内匠頭の笑いは豪快にはなりえないのです。逆にひそやかな笑みを浮かべることで、内匠頭の気品をより高めているのです。
国から届いた鯛の浜焼きを見て、子どものようにはしゃぐ内匠頭の姿に、つかの間の平安を感じさせ、より一層の哀れさを強調しています。
2人の芸風の違い
ここで錦之助さんと橋蔵さんの内匠頭の違い、芸風の違いについて考えてみましょう。
2人とも歌舞伎出身です。錦之助さんは播磨屋、橋蔵さんは音羽屋の出身で、播磨屋は立役、音羽屋は女形を得意としてきました。ましてや橋蔵さんは6代目菊五郎に見込まれて養子になったほどで、若手女形として将来を嘱望されていた存在だったのです。
橋蔵さんは雑誌の対談の中で「ぼくはもともと女形だったでしょ。女形は立役を引き立てるように仕込まれているのよ。無理押しはしないのね」と語っています。
ここに橋蔵さんの芸の本質が見えるように思います。
錦之助さんの内匠頭は血気盛んな若殿さまで、曲がったことは大嫌い。上野介の嫌がらせに対して、いつ爆発するか、ハラハラさせられて、松の廊下で、やっぱりやってしまった、という感じ。(『忠臣蔵』桜花の巻 1959・1・15)
それに対し、橋蔵さんの内匠頭は「ワシが我慢できぬ男と思うか」と家臣に語るように、じっと辛さを内に秘め、堪え忍ぶ姿。この殿さまならうまく切り抜けてくれるかもしれない、という感じで、松の廊下での刃傷は、よほどお辛かったのだろう、と家臣により悲しみを呼び起こさせるのです。
ただ、『赤穂浪士』は前作の『忠臣蔵』が2部作だったのに対し、1本にまとめられているため、上野介の嫌がらせの場面が少なく、内匠頭が刃傷に及ぶ精神的な移り変わりを描ききれていない感じがしないでもありません。これは脚本の問題ですが、もっとじっくりと内匠頭を描いてほしかったと思います。
橋蔵さん主演で討ち入りに関係なく、切腹するまでの内匠頭をテーマにした作品――そんな映画が実現していたら、気品と格調のある作品が生まれていたかもしれません。
落語にも登場する気品
落語に『淀五郎』という人情噺があります。
大部屋役者だった淀五郎が、美男ということで内匠頭役に抜擢されたのはいいのですが、切腹の場面でどうしても師匠のOKが出ない。考えあぐねて、先輩役者に訊ねると、「あんたの内匠頭は品がねえ。殿さまじゃないよ。やせてもかれても内匠頭てぇお人はお大名だ。死ぬときだって、気品というものが必要なんだ。左手は膝の上、背筋をきちんと伸ばして、決して乱れたりしちゃあ、いけねぇんだ」
何といっても橋蔵さんの内匠頭、気品がありましたね。
(文責・古狸奈 2010・4・9)
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