「若さま侍捕物帖 お化粧蜘蛛」

 

「若さま侍捕物帳 お化粧蜘蛛」

    19621223 東映京都作品)

  原作・城昌幸 

  脚色・鈴木兵吾

  監督・松田定次 松村昌治

 

  <配 役>

   若さま    …大川 橋蔵

   夜桜の辰   …松方 弘樹

 菅野三郎左  …柳家金語楼

 遠州屋小吉  …田中 春男

 おいと    …桜町 弘子

 美 音    …佐久間良子

 文字春    …久保菜穂子

 お千代    …松島トモ子

 唐津屋十兵衛 …山形  勲

             越前屋久左衛門…佐藤  慶

ものがたり

 深川埋立地の歓楽街。ここは肥前屋の死後、廻船問屋と女郎屋の二股かけた唐津屋と越前屋が支配する治外法権の暗黒街。遠州屋小吉の十手も効果がない始末。

 辰らにいたぶられていた易者の三郎左はもとは与力だった。

 肥前屋が殺された現場に居合わせた門付の姉妹は、肥前屋から坂東小えんに割符を届けるよう託されていた・・・

 死と暴力、無法がまかり通る暗黒街で、若さまの一文字崩しと推理が光る・・・

 

シリーズ最後の作品

 デビュー3作目で、橋蔵さんのキャラクターに適したシリーズものとして始まった若さま侍捕物帖。この『お化粧蜘蛛』は第10作目、シリーズ最後の作品です。初々しかった若さまもすっかり円熟して、貫禄充分。歳月を感じさせます。

 今回は謎解きの部分と若さまの颯爽とした活躍ぶりが半々にミックスされていて、楽しめる作品です。怪しげな唐津屋と越前屋の謎、文字春とは・・・それらの謎が若さまによって少しずつ解かれていきます。そして、夜桜の辰との対決から最後の大立ち回りまで、随所に見られる颯爽とした若さまの艶姿。やっぱり若さまは橋蔵さんでなくちゃおさまりませんね。

 

舞台となる深川

 物語の舞台となる深川はもとは下総国。徳川家康が入府した後、武蔵国となり、湿地帯を開拓していた深川八郎衛門の姓をとって、深川と名づけられたとか。

 3代将軍家光時代から、富岡八幡宮の門前町として開け、明暦の大火ののち、木場が置かれ、新興商業地域として発展。同時に岡場所も設置され、花街としても栄えるようになりました。江戸の辰己(南東)の方角だったことから、深川の芸者は辰己芸者と呼ばれ、粋で気風がよいことで名を馳せました。冬でも足袋をはかず、男のように羽織を着たことから羽織芸者とも呼ばれました。

 隅田川の対岸のこのあたりは豪商の別荘や大名の下屋敷も多く、清澄庭園は紀伊国屋文左衛門の別荘でしたし、奈良屋茂左衛門も一時屋敷を構えていました。

 柳橋あたりから猪牙舟で隅田川(大川)を上れば吉原、下れば深川で、吉原の対岸、向島は身請けされた遊女がひっそりと住む場所だったようです。

 開拓された新興地で、木場で働く気性の荒い男たちが多くいたこと、花街などの歓楽街があったことから、時代劇では喧嘩やもめごとの多い無法地帯として多く登場するようです。今回の作品では深川は遠州屋小吉の十手も通じない、治外法権の暗黒街として設定されています。

 

見てのお楽しみ

 この『お化粧蜘蛛』では最初から犯人がわかっていて、証拠を掴むために若さまが活躍する形になっています。怪しげな唐津屋と越前屋、何度となく危ない目にあいながら、少しずつ推理を働かせていきます。その間に元与力で今は易者の三郎左の娘、美音のほのかな恋心、妖艶な文字春、門付の姉妹、お馴染みのおいと、深川の住人たちとの人間模様を絡ませながら物語は進んでいきます。

 唐津屋や越前屋が何者なのかは見てのお楽しみにいたしましょう。松方弘樹さんの夜桜の辰も気になる存在ですね。

 

子役から娘役へ

 門付の娘、お千代を演じている松島トモ子さん。石井漠門下でバレエを習っていたところをスカウトされ、4歳で映画デビュー、童謡歌手としても活躍していました。パッチリした大きな眼が愛らしく、少女雑誌では表紙を飾る人気者でした。はぐれた母親を捜す母子もの映画や『鞍馬天狗』の杉作、『丹下左膳』のチョビ安など、多くの作品に子役として出演していますが、この『お化粧蜘蛛』ではトモ子さんも17歳。子役から娘役への転換期にさしかかっていました。背もすらりと伸びて、乙女らしいトモ子さんを見ることができます。

 松方弘樹さんの夜桜の辰、最後に「実は・・・」というところは、ひばりさんと共演した『ふり袖捕物帖 若衆変化』での橋蔵さんの川島源次郎を思い起こさせますね。

 

 若さまは橋蔵さん以外思いつかないほどの適役でした。橋蔵さんのために原作が書かれたのではないかと思われるくらいでした。

 それだけにテレビで『銭形平次』と決まったときは、なぜ若さまでないの、と信じられない思いが先に立ちました。

 でもよく考えてみると、「若さま」という年齢に制限のあるタイトルでは、いくら橋蔵さんの若さまが素晴らしくても888回は続かなかったのではないかと思います。

 『若さま侍捕物帖』シリーズ最後の『お化粧蜘蛛』、美貌と気品と着流しの着こなしのよさ、橋蔵さんの若さまは観る者の心の中に永遠に残っていくことでしょう。

 

 

(文責・古狸奈 20101114