「若様やくざ 江戸っ子天狗」

 

「若様やくざ 江戸っ子天狗」

    (1963921 東映京都作品)

  脚本・野上 龍雄 

  監督・工藤 栄一

 

  <配 役>

   影山源之丞  …大川 橋蔵

   檪 又兵衛  …渡辺 文雄

   お さ よ  …入江 若葉

   小   吉  …丘 さとみ

   菊   造  …左  卜全

   桐   八  …堺  駿二

   南   天  …谷村 昌彦

   竹      …世志 凡太

   辰巳屋惣兵衛 …進藤英太郎

   犬飼周防守  …佐藤  慶

                影山 将監  …山形  勲

ものがたり

 お役所仕事に嫌気がさして息抜きの度が過ぎた町奉行影山家の若さま源之丞は、父将監の逆鱗に触れ、勘当された挙句、深夜の町に追い出された。

 数日後、町人姿に身を変え、長屋住まいを始めた源さんこと源之丞に金を借りに来る住人たち。ところがその金が酒や博奕に使われたと知った源さんは、菊造には貸さずに追い帰してしまう。

 借金を断られたことが原因で、菊造の娘おしのは女郎屋に売られ、菊造は首を吊ってしんでしまう。・・・

 

人生経験の旅のはじまり

 町奉行影山家の若さま源之丞は無駄骨ばかりのお役所仕事に嫌気がさし、仕事を放りだす放蕩息子。散々遊びほうけた後、帰宅したところを父親将監の逆鱗に触れ、勘当されてしまいます。父親を甘く見ていた報いといったところでしょう。

 それからが世間知らずのぼんぼんの人生経験の旅のはじまり。川に落としたという財布を拾いに、一緒に川に入り、まんまと自分の衣類を盗まれたり・・・貸した金が酒や博奕に使われていたり・・・招待して喜んでもらえるはずが、料亭になじみのない住人にはかえってありがた迷惑だったり・・・いままでのほほんとして気がつかなかったことが次々と出てくるのです。

 そうした世間知らずの若さまを橋蔵さんは手堅く演じています。

 もともと格式のある家柄の者がわけあって身分を隠し、市井に暮らしているような役どころは橋蔵さんにとって、うってつけのもの。今まで何本もそうした役を演じてきています。橋蔵さん本来が持つ気品は汚れ役を演じていても、正直なところ時折出てしまうのは事実。それでも演じる役の出自がよければ当然のことですから、若さまやくざのような役どころは安心して見られるというものです。

 とはいえ、この『江戸っ子天狗』は同じ「若さまやくざ」と銘打っている2年前の『橋蔵の若様やくざ』に比べ、夢物語的な要素は少なく、より現実味を帯びて描かれているように思います。

 

群衆の中での怒りと笑い

 ここで、2つの作品を比べてみることにしましょう。

まず、市中で暮らすきっかけは、前作『若様やくざ』では盗まれた香炉さがし。それに対して、『江戸っ子天狗』では勘当されたのが理由です。普通、若さまが盗品を探しに市中に出てくることは考えられません。それだけに『若様やくざ』は夢物語的な要素が強く、若さまも余裕ある生活ぶりがうかがえます。

次に主人公を取り巻く人々。『若様やくざ』では千秋実さん扮する浪人や恋人役の大川恵子さん、鼠小僧など、限られた人々となっているのに対し、『江戸っ子天狗』では長屋の住人全部。また特定の恋人もいません。橋蔵さんの源さんは常に群衆の中で、笑ったり怒ったりしているのです。

 

喜劇に集団的要素

このように見てみると、2作品が製作された2年の間に、映画表現の移り変わりを感じます。もともと時代劇が主人公対敵役の1対1で戦っていたものが、やがて集団対集団の集団抗争時代劇といわれるようになっていったように、人間模様も個々の思いを描くのではなくて、群衆を描くようになっていったように思います。長屋の住人総出演の演出傾向は『やくざ判官』あたりから見られますが、この作品では顕著にあらわれています。

 群衆に焦点があてられたからか、しっとりとした男女の恋模様には関心がなかったようです。

この『江戸っ子天狗』では珍しく橋蔵さんの主人公をめぐる特定な恋人はいないのです。源之丞を追いかけて、長屋に引越ししてきた丘さとみさんの小吉がそれらしい役回りですが、最後は長屋の隣に住む浪人又兵衛といい仲に。最終的に源之丞はふられてしまうわけで、橋蔵さんの作品にしては珍しい展開です。

ひとりのスターで客が呼べなくなった映画界の現実が群衆での喜劇を描くことで、個々のスターのファンを映画館に引き付けることの方策だったようにも思えます。面白さが先で、情感や余韻は二の次という時代の流れを感じます。

 

平次も手がけた野上龍雄氏

 最後に『江戸っ子天狗』を書かれた脚本家の野上龍雄氏は1928328日東京府生まれ。旧制開成中学、松本高等学校文科を経て、東京大学文学部仏文科卒業。大映脚本家養成所を経て、シナリオ・ライターとなり、映画、テレビの脚本を多数書き上げています。

 映画の脚本では東映において、時代劇、やくざ映画のシナリオを多数手がけられ、テレビでは池波正太郎原作の『鬼平犯科帳』や『剣客商売』、『必殺シリーズ』の脚本を執筆されています。

 組織に利用され、裏切られるやくざの悲劇『現代やくざ 血桜三兄弟』(71)や、孤独に生きる渡世人の悲しみ『木枯らし紋次郎 関わりござんせん』(72)、徳川家の継嗣問題を巡る骨肉の争いを描いた大作『柳生一族の陰謀』(78)など題材は多岐にわたっています。

 心理描写が繊細で、熱い感情の表現が強烈、見る者に緊張感を与える迫力があるとされています。『柳生一族の陰謀』のラストのどんでん返しで、主人公柳生宗矩(萬屋錦之介)が絶叫する「夢でござる」は流行語になりました。

 上記作品のほか、『てなもんや三度笠』(63)、『夜霧よ今夜もありがとう』(67)、『トラック野郎』(7677)、『南極物語』(83)、テレビ『三匹の侍』(6369)など。

 橋蔵さんの作品では『いれずみ半太郎』(63)、『風の武士』、『新吾番外勝負』、『御金蔵破り』(64)などがあり、いずれも男女の情愛と緊張感が交差して、情感あふれる秀作となっています。テレビの『銭形平次』の脚本も開始当初の66年から最後の84年まで関係されました。2013720日死去。享年85

 

 行き場がなく、小吉の家に泊まろうとした源之丞への小吉のアタックぶり。小吉と浪人の濡れ場を長屋の屋根の上から眺める住人たち。強制立ち退きで長屋が取り壊される、粉塵立ち込める中での大立ち回り・・・異色な時代劇といえそうです。

 華のある女優陣と、個性ある出演者が右往左往するなかで、威厳ある山形勲さんの父親と、源さんに借金を頼む菊造の姿が一番印象に残った作品でもありました。

 

 

(文責・古狸奈 20151220