「海賊八幡船」
「海賊八幡船」
(1960・9・18 東映京都作品)
原作・村上元三「オール読物」
脚本・鷹沢和善
監督・沢島 忠
<配 役>
磯野 鹿門 …大川 橋蔵
村上新蔵人 …岡田 英次
寿 賀 …丘 さとみ
黒 白 斎 …進藤英太郎
謝 花 …入江千恵子
小 静 …桜町 弘子
浅 茅 …円山 栄子
村上 入道 …月形龍之介
壷屋 道休 …大河内傳次郎
ものがたり
戦国乱世の頃、瀬戸内海の島々を根城として、大名にも負けぬ勢力を持っていた村上水軍。彼らは八幡大菩薩の旗印を船団にかかげ、遠く明国、朝鮮、ルソン、シャムなど、東シナ海の国々に雄飛していった。
堺の商人の息子として育てられた鹿門が、やがて海の男としてたくましく成長していく姿を追った海洋スペクタル。
壮大な長期ロケーション
昭和35年度芸術祭参加作品として製作された『海賊八幡船』は、当時としては破格の『幽霊船』を上回る製作費1億5000万円。宮崎の青島、博多の芥屋、唐津立神など玄界灘に長期ロケーションを敢行。船団同士の大海戦、甲板での戦い、島民の歓迎風景など、広々とした大海原を背景にダイナミックな場面が撮影されました。
九州一帯を駆け回ったロケ隊は各地で大歓迎され、青島ではブラスバンド、呼子では紙吹雪、芥屋ではマッチ箱のレッテルに「大川橋蔵ロケ歓迎」の文字が印刷されるほどのフィーバーぶり。白バイの先導というものものしさで、ファンに囲まれ、汗みどろになった一幕もあったようです。
若旦那から海の男へ
橋蔵さん扮する鹿門は堺の商人、壷屋道休の息子として育てられましたが、実は村上水軍の総領、磯野丹後守の息子。黒白斎らに跡継ぎになって、めくら船に乗るよう説得されます。最初は嫌がっていた鹿門も、やがて妹を探しににせめくら船を討つ決心をし、さまざまな経験を重ね、海の男として逞しく成長していきます。郭で遊ぶ色男の若旦那だったのが、次第に野性味を帯び、逞しく変わっていくところが見どころです。
躍動感溢れる映像の美しさ
この作品の魅力のひとつは、伊藤武夫氏撮影による躍動感溢れる映像の美しさ。
群集シーンの撮影を得意とする沢島監督ならではの場面が随所に見られます。冒頭の炎に包まれる堺の港、にせめくら船が略奪を行なう町で逃げ惑う人々、船上での乱闘場面・・・とはいえ、やはり圧巻は八幡船が本拠地、因島に帰港する場面でしょう。
八幡船の帰港を知り、海辺へと集まってくる人々の群れ。手を振り歓迎する島の人々。小舟を海に漕ぎ出し、夫を迎える女房たち。それを見て、甲板から次々海に飛び込む八幡船の男たち。久しぶりに家族に会える海の男たちの喜びが感動的で美しい場面です。エキストラ総動員の迫力と遠近を織り交ぜた躍動する映像。
この作品全篇に言えることなのですが、カメラの構図が実にいいのです。迫力満点の海戦場面はもちろん、すべての場面で映し出される人物の表情や動き、角度や対象物の大きさ、個々の配置と動線。静から動、動から静へと場面展開する映像の流れの見事さ。モーターボートを駆使して臨んだ撮影のテクニックは臨場感に溢れ、船団の配置から海に飛び込む男たちの位置や順序まで、心憎いまでに計算された構図の美しさを感じさせられます。
不潔感なく気品漂う
広大な海をバックに流れる男性コーラスが素敵。
この『海賊八幡船』は男ばかりが登場する作品にありがちな不潔感がありません。海賊という言ってみれば粗野な男の集団を描いた物語でありながら、どことなく気品さえ漂うのです。豪放で明るい希望に満ちた海の男がテーマだからかもしれませんが、橋蔵さんの出演作品はどの映画も品格があり、それが私を惹きつける最大の要因のように思えます。衣裳のセンスも抜群で、それだけでも見る価値があるといえるでしょう。
ベテラン同士の対決
大河内傳次郎さんの壷屋道休と進藤英太郎さんの黒白斎の対決場面。ベテラン同士の迫真の演技は見るものを圧倒させます。鹿門の父親を殺めてしまった道休が無心な幼子の顔を見て助け出し、今ではかけがえのない我が子となっている父親としての心情が生き生きとして迫ってきます。
どちらかというと、悪役の多い進藤英太郎さんですが、この作品では鹿門の爺や役をつとめ、味のある演技を見せています。
村上入道役の月形龍之介さん。貫禄十分の村上水軍の総帥ぶりで、東映時代劇の面白さはこうしたベテラン俳優の層の厚さにあるものと改めて感じさせられます。
村上水軍と倭寇
ところで、村上水軍は中世の瀬戸内海芸予諸島を中心とした海域で活動した水軍(海賊衆)のことで、最も古い記録は1349年、能島村上氏が東寺領の弓削付近で海上警備にあたったとされています。
南北朝時代になると、因島、弓削島など瀬戸内海の制海権を得、海上に関を設け、通行料を取ったり、水先案内人の派遣、海上警備の請負などで勢力を拡大していきました。その勢力範囲は西は山口県下関、東は香川県塩飽諸島に及びました。
やがて、村上氏は来島、能島(大島)、因島の三家に分かれ、それぞれの歴史を歩んでいきます。
戦国時代、毛利氏に臣従した能島村上氏は厳島の戦いで、戦功を挙げています。
1588年、秀吉が「海賊禁止令」を発令すると、海上での活動はできなくなり、次第に勢力を弱めていきました。
一方の倭寇は、13-16世紀、朝鮮半島や中国大陸の沿岸部や一部内陸部、東アジア諸地域で活動した海賊のことで、私貿易や密貿易を行なっていました。
14世紀頃の前期倭寇は、元寇に対しての復讐、防備などで、対馬、壱岐、松浦、五島列島を拠点に「三島倭寇」と呼ばれ、その行動は食料や人間の奪還、連れ去られた家族を取り戻すためだったとされています。
16世紀に入り、明との勘合貿易が途絶えると、倭寇を通じた密貿易が行なわれるようになり、博多の商人もからんでいたと言われています。倭寇の構成員は7割が朝鮮人や中国人で、日本人は3割程度だったようですが、戦国時代を背景にした日本人たちは武術に長けていて重宝がられたようです。(Wikipedia 他)
工夫の数々
八幡船に使われた船は250トンの船を改造したもの。また船の進行はディーゼルエンジンと6丁のオールで漕ぎ、海戦場面は長さ3メートルの船の模型をプールに浮かべ、撮影されたとか。この模型は大砲の火が出るほどの精巧なものだったということですから驚きです。
さまざまな工夫がなされた作品ですが、ちょっと気になったのが蛮人の襲撃場面。東シナ海の無人島が舞台だとしたら、人類学や民俗学には疎いのですが、アジア地域の先住民をモデルにしたら、もっと違和感なく見られたかもしれません。
もっとも映画が封切りされた当時は、まだ沖縄も米軍統治下で、琉球ははるか遠い国でした。ましてや戦後15年の60年頃は、戦争の傷跡も完全には癒えておらず、野蛮な土人のモデルをアジア系にするのは差し障りがあったのかもしれません。あえてアフリカの土人を思わせるような、出所不明な想像上の部族に設定したようにも思われます。
一般的に海外旅行もごく一部の人だけで、多くは外国のことなど全然知りませんでしたから、私など手に汗握って食い入るように見たことを思い出します。蛮人役の役者さんたちは全身をべんがらや墨で塗りこめるため、皮膚呼吸ができず、何組かで交替し、短時間で撮影が終わるよう細心の注意が払われたようです。
今までの単なる二枚目から脱皮して、新しいカラーを打ち出した『海賊八幡船』は橋蔵さんにとって記念すべき作品といえるでしょう。
「村上水軍の血に目覚めた若者(鹿門)と海の男たちの闘い、南国の夜空を染める火砲の轟き、嵐をつく大海戦、蛮人の襲撃、熱帯樹の陰に咲く灼熱の恋」・・・映画の宣伝文句に書かれた盛り沢山の娯楽性にとどまることなく、『海賊八幡船』は見るたびに新しい発見と、海へのロマンを駆り立てられる、いつまでも伝えられていってほしい珠玉の作品のひとつです。
(文責・古狸奈 2011・3・21)
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