「恋山彦」
「恋山彦」
(1959・9・20 東映京都作品)
原作・吉川英治
脚本・比佐芳武/村松道平
監督・マキノ雅弘
<配 役>
伊那小源太・島崎無二斎 …大川橋蔵
お 品 …大川恵子
おむら …丘さとみ
英一蝶 …伊藤雄之助
柳沢吉保 …柳永二郎
ものがたり
5代将軍綱吉の治世、天下の実権は老中柳沢吉保に握られていた。
そのころ、伊那・虚空蔵山の頂に伊那平家と呼ばれる一族があった。一族の首領・小源太が人身御供と称して連れ帰ったお品から柳沢吉保の悪行を知ることとなった。朝敵を討つ機会を待っていた伊那平氏は江戸城へと乗り込んでいく。だが、逆に討手に追われ、小源太は江戸城の堀に身を投じるのだった。
小源太は画師・英一蝶に救われていた。追手が迫る中、小源太と瓜二つの無二斎は身代わりとなって、壮絶な最期を遂げるのだった・・・
対照的な2つの役
この『恋山彦』(原作・吉川英治)は、昭和12年、阪東妻三郎主演、マキノ雅弘監督で人気を博した作品で、今回は2度目の映画化。前回に引き続きメガホンをとるマキノ雅弘監督は過去にとらわれず、橋蔵さんの持ち味を生かした作品作りを、と語っています。
名絃「山彦」に結ばれた清純な恋と勇敢な小源太の活躍がみどころです。
この映画で橋蔵さんは平家の末裔、伊那小源太と世をすねた島崎無二斎の2役を演じています。片や高貴な気品ある平家の御曹司、片や世俗にまみれたニヒルな浪人と、まったく対照的な役どころです。
メーキャップ、衣裳、言葉遣い、立ち回り、ラブシーン、それぞれの違いをお楽しみください。
立ち回りに見る様式美
橋蔵さんの立ち回りの美しさは定評がありますが、小源太が討手に追われ、櫓から飛び降りるまでの立ち回りはまさしく舞踊そのもの、歌舞伎の様式美そのものです。
まず長袴に薙刀の姿からして、本来なら戦える扮装ではありません。袴の裾を払いながら、薙刀を操っての立ち回り。裾を踏まれたらそれでおしまいになってしまいそうなのに、討手は決して裾を踏まないのです。
最後には髷の元結が切れ、総髪になっての小源太、歌舞伎絵巻を見るような華麗な立ち回りです。
映画と歌舞伎を融合させたスター
この『恋山彦』は歌舞伎や能を連想させるような場面が随所に見られます。
人身御供の輿の前にあらわれる異形な姿の剣の舞、江戸城大広間での小源太の平安朝貴族の衣裳と朗々とした声、討手との小源太の立ち回り、最後に柳沢吉保の屋敷で「春日龍神」の竜王に扮して颯爽と舞いながら、「ひとつ・・・」と声を上げる場面。
これらの場面は歌舞伎の様式美がそのまま映画の中に組み入れられている、と考えていいでしょう。
もともとが歌舞伎出身の橋蔵さんは歌舞伎と映画を融合させた時代劇スターです。橋蔵さんの映画の格調の高さと全作品に流れる気品は、歌舞伎の様式美に基づく映像表現がかもしだすもの、といってよいと思われます。
多いリメイク作品
ところで『恋山彦』は戦前(昭和12年)、阪東妻三郎さんの小源太と無二斎、花柳小菊さんのお品で製作されています。前回も今回も常に苦楽を共にした盟友、比佐芳武、マキノ雅弘のコンビで、今回は脚本に共同執筆、村松道平さんが加わっての撮影です。
このように橋蔵さんの作品はリメイク作品といわれるものが実に多いのです。『恋山彦』はじめ、『喧嘩笠』、『清水港に来た男』、『雪之丞変化』、『月形半平太』、『修羅八荒』、『この首一万石』等々。代表作の多くがリメイク作品なのです。もっとも『忠臣蔵』などは手を変え品を変え製作されていて、リメイク作品の最たるものかもしれませんが・・・
一般的にリメイク作品は安易に製作できるというイメージがあることから、橋蔵さんの出演作にこれらの作品が多いことで、「綺麗なだけの娯楽時代劇スター」と、片付けられてしまっているような気がして残念で仕方ありません。
しかし、同じストーリーでも脚本と演じる俳優が違えば、作品の表現も違ってくるもの。ここで『恋山彦』の阪妻版と橋蔵版を見比べてみることにしましょう。
豪快な阪妻版『戀山彦』
2013年7月、京都文化博物館で、阪東妻三郎主演の『戀山彦』が上映されました。以前から見たいと思っていたので、出かけていきました。
阪妻版『戀山彦』は戦前の作品ですから、当然モノクロで画面も小さく、鮮明さも欠けるのですが、橋蔵版『恋山彦』はカラーでワイドスクリーン。映像技術の進歩に目覚ましいものを感じます。おまけに橋蔵版は東映時代劇全盛期の作品ですから、セットも豪華。そのあたりを戦前の作品と比較するのは酷というものでしょう。あくまでも登場人物の描かれ方を見ていきたいと思います。
阪妻さんの小源太は強い豪放的な面が際立っています。山間で育った野武士的な野性味があり、衣装も袴立ちの江戸時代の雰囲気。王朝風の衣装は江戸城に乗り込む時のみで、櫓での立ち回りはどちらにも見られます。小源太には幾分おっとりした面がうかがえましたが、小源太も無二斎もどちらも雄々しい感じで、役柄の差はあまり感じられませんでした。小源太たちが仲間を助けに小塚原の処刑場に斬り込む時の迫力や力強さは阪妻さんならではのもので、破壊力といい痛快そのもの。当時の観客が夢中になったのも頷けます。
花柳小菊さんのお品は初々しく可愛らしい美しさでした。私が映画を見はじめたころの花柳さんはすでに大人の魅力の上品な美しさをたたえた女優さんだったので、清純な美しさに見とれてしまうほどでした。
小源太とお品が逢い、「山彦」を弾く場面は屋内でなく山の頂。ここでも野武士的な雰囲気を感じることとなりました。
豪快さが魅力の阪妻版でしたが、ひとつだけ残念だったことは無二斎が自決する場面が映し出されなかったことでした。画師に頼まれて身代わりになった無二斎は簡単に捕まってしまい、無二斎の最期は切腹したという吉保の側近たちの台詞で終わってしまっていたので、物足りなさを感じました。結局、阪妻版『戀山彦』では無二斎は脇役としての扱い。もし自決する最期の場面まで演じられていたら、きっと鬼気迫るものとなっていたと想像しています。
華麗な橋蔵版『恋山彦』絵巻
一方、橋蔵さんの小源太は実に優雅。平家末裔の御曹司としての気品に溢れています。俳優の個性を引き出すことに長けていたといわれるマキノ監督は、橋蔵さんの優雅さを全面的に押し出し、より典雅な小源太を描き出しました。強いだけでなく、正統を継ぐ者の品格と華麗さが全編を通じて漂っています。衣装も平安時代末期から鎌倉時代を連想させる装束で統一。世俗から離れた夢幻の世界を作り出しました。
気を失っているお品に口移しで水を飲ませるシーン。白い着流し姿の小源太とお品の初夜のラブシーン。櫓での長袴と薙刀での立ち回り等々・・・どれも絵巻物を見ているような美しさです。
片や無二斎は世をすねた浪人者。酒におぼれ、よれよれの衣装を身にまとい(といっても吟味された衣装なのですが)、おむらを相手に世の憂さを慰める日々。今まで見られなかった役柄です。
無二斎のメーキャップは小源太のような白塗りではなく、肌色を意識した褐色で、男っぽい野性味を加味し、眉は太く髭の剃り跡も感じられるような荒削りの風貌。
台詞は荒っぽく、ちょっと不貞腐れたような言葉づかい。酒に酔う声もくぐもりがちで、凛とした声の小源太と対照的です。
無二斎とおむらのラブシーンは2人のやりとりがほほえましく、庶民的な雰囲気で楽しいものとなっています。マキノ監督が大切にした男女の情愛を台詞の「綾」で描いているのです。
小源太の立ち回りが華麗で優雅なら、無二斎のは激しく壮絶。小源太の身代わりとなって、橋の上から、「小源太が最期を見よや」と自決する場面は圧巻で、悲壮感さえ漂います。
このように、無二斎は全てが小源太と対照的に描かれています。橋蔵版『恋山彦』では小源太と無二斎の全く違った2人の登場人物がほぼ同格で、それぞれの個性を十分に生かして活躍しているのです。優雅さと豪放磊落・・・対照的な2つの個性がからみあって、幻想的で痛快な作品となっています。この作品で、橋蔵さんは、小源太の美しさで観客を魅了させ、無二斎で新境地を切り拓きました。
阪妻版『戀山彦』の豪放さと、橋蔵版『恋山彦』の優雅さ。特に橋蔵さんの小源太を中心として繰り広げられる雅な世界は、後世、他の出演者によって、リメイク作品が製作されたとしても、おそらく橋蔵版を超える作品は生まれないでしょう。
<参考・『新潮』105巻2号(2008年2月号)山根貞男「マキノ雅弘」第7章 リメイク考>
「あでびと」は流行語に
最後にエピソードを。
気品ある美しさの大川恵子さんのお品はまさに「あでびと」
この作品では平家一族の使う雅な言葉遣いが話題となりました。「そちゃ、あでびとよのう」の「あでびと」はスタッフの間で流行語になったようです。
また、お品の入浴シーン。
当時のカラー撮影は白黒映画のときより、照明を数倍明るくしなければならず、ライトも多数使用。そのためスタジオは猛烈な暑さとなり、大川恵子さんは10分くらいで、湯のぼせしてしまったのだとか。監督になだめられて撮影を続行したそうですが、女優さんも大変だ、とスタッフに気の毒がられたとか。
湯船に気持ちよさそうに浸かっていらっしゃいますが・・・
この『恋山彦』は橋蔵さん自身もお好きだったようで、ご自宅にフィルムを所蔵されていたそうです。2012年9月、池袋の新文芸坐で開かれた『大川橋蔵映画祭』でのトークショーで、ご子息の丹羽貞仁さんが語られていたことが印象に残っています。
(文責・古狸奈 2010・4・13 初出
2015・4・26 改訂)
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