「新吾番外勝負」
「新吾番外勝負」
(1964・5・23 東映京都作品)
原作・川口松太郎
脚色・野上龍雄
監督・松田定次
<配 役>
葵 新吾 ・・・大川 橋蔵
雑賀彦十郎 ・・・内田 良平
お 鯉 ・・・長谷川裕見子
お 縫 ・・・桜町 弘子
葛西藤九郎 ・・・松方 弘樹
小 貫 ・・・高千穂ひづる
お 夏 ・・・藤 純子
次 兵 衛 ・・・三島 雅夫
ものがたり
新吾は剣を捨て、母お鯉の方、お縫と共に人里離れた山中に居を構え、平和な日々を送っていた。しかし、天下一の剣の称号を得たい剣鬼雑賀彦十郎が新吾を追って、山中に訪れ対決を迫った。ふたりは真崎庄三郎の墓前で対決するが勝負はつかず、4日後、叡山での決着を約して別れた。
叡山に向かう途中、新吾は半蔵一味に追われる疾風の次兵衛を助け、孫娘のお夏を託されるが、新吾に邪魔された半蔵らの怨みを買ってしまう。
折から三十三間堂で通し矢が行なわれ、日本一に挑む藤九郎、小貫姉弟の一途な姿に、心惹かれる新吾・・・
新たな嵐、雑賀彦十郎
『新吾二十番勝負 完結篇』で、宿敵・武田一真を倒し、念願の母・お鯉の方と再会を果たした新吾。母を慕い剣を求める新吾の物語は一応、終わりとなりました。
この『番外勝負』では山中で平和に暮らす新吾のもとに、新たな嵐、雑賀彦十郎が訪れることで物語は始まります。
『二十番勝負』までの主要人物で引き続き登場するのは、お鯉の方とお縫のみで、父親の将軍吉宗は出てきません。大友柳太朗さんが出演されないのが少しばかり寂しい気がしますが、新たな出会いと事件で、一話のみの独立した作品となっています。
共に成長した新吾シリーズ
新吾シリーズは、1959年3月、『新吾十番勝負』が封切りされてから、64年5月の『番外勝負』まで、橋蔵さんの代表作として絶大なる人気を博して遂に終了しました。
ほぼ半年ごとに製作されていた5年という歳月は、新吾と橋蔵さんが同時に成長していった期間でもありました。若く初々しかった新吾が成長していく過程で、橋蔵さん自身も役者として成長を重ねていったように思います。若く美しいヒーロー的存在から、新吾の内面的な動きに重点が置かれるようになって、より人間として血が通った面が描き出されるようになりました。特に製作に2年もの間があいた『新吾二十番勝負 完結篇』にその傾向が表れはじめ、『番外勝負』に顕著で、新吾の人間としての強さや成長ぶりが感じさせられます。
新吾シリーズが製作された5年間は映画界にとって、全盛期から斜陽へと変る時期であったと同時に、橋蔵さんにとっても、若く初々しかった時代から、容色に衰えが見えはじめ、役者としてただ美しいだけでは通用しない転換期へとさしかかってきていました。出演作が100本を超え、その分、演技は安定してきていましたが、映画界全体がリアルを追い求めていた時代に、自分の映画界での方向性を模索されていたのではないかと思います。
そうした点でも、この『番外勝負』は美男スターとしての橋蔵さんの個性を失わず、自然な形で、新吾に大人の男としての人間臭さを加味することのできた作品ではないかと思います。恋愛場面ひとつにしても、いままでは相手の方から好かれて、恋に落ちるという受身の姿勢から、新吾の方から小貫を求めるという能動的な意志の強さが表れてきています。
たまたま『新吾番外勝負』をスクリーンで見たあと、『新吾十番勝負 一部二部総集編』を見て、その感を強くしました。『新吾十番勝負』第一部に見せる新吾の若くて何とかわいらしいこと! 新吾シリーズは橋蔵さんの代表作であると同時に、橋蔵さん自身の人間としての成長の記録でもあるのです。
大人の女性の魅力、高千穂さん
『番外勝負』で重要な役割をつとめる2人のヒロイン。
まずは新吾の最後の女性として登場するのが、高千穂ひづるさんが演じる小貫です。これまでの新吾の恋は相手から惚れられて心が動くというパターンが多かったのですが、この『番外勝負』では、新吾から求める形になっています。
高千穂さんの小貫は大人の女性の魅力に溢れ、時代劇にありがちなチャンバラに彩りを添えるだけの恋物語から一歩抜き出た男女の愛が描き出されています。小貫を説得する新吾の強さにも新吾の成長ぶりを感じます。
高千穂ひづるさんは1932年10月10日、神戸市深江町に生まれ、宝塚雪組を経て、1951年、源氏鶏太原作、山本嘉次郎監督の『ホープさん』で女優としてデビューしました。
倒産寸前の東映を救ったのは錦ちゃんと子供たち、と伝説的に語られるヒット作、新諸国物語シリーズの『笛吹童子』や『紅孔雀』で、中村錦之助さんや東千代之介さんの相手役をつとめ、『曽我兄弟 富士の夜襲』などにも出演しています。
その後、現代劇に移り、『背徳のメス』、『ゼロの焦点』、『図々しい奴』(1961年)、『千客万来』(1962年)などに出演。橋蔵さんとは縁がなく、『番外勝負』がはじめての共演となりました。翌年の『大勝負』でも共演しています。
藤純子さんは疾風の次兵衛のうぶな孫娘を演じています。羅漢さんの首が落ち、そのあと、素敵な出会いがあると信じる素朴な村娘。このときはまだ、掘り起こしたばかりの原石のような感じですが、のちに『緋牡丹お竜』シリーズで花開きました。
敵役に人間的弱さ
内田良平さんの雑賀彦十郎に魅力を感じます。天下一の剣を求めて、新吾に挑むのは『新吾二十番勝負』の白根弥次郎と同じですが、小貫を好きになってしまい、新吾に嫉妬する人間的な弱さが出ていて、悪役ながら共感を覚えます。白根弥次郎がただ憎らしいだけの古典的な悪役とすれば、雑賀彦十郎は人間的な内面まで踏み込んだ現代的な悪役とでも言えるでしょう。
単に主人公を際立たせる憎っくき悪役から、敵役にも動機を持たせる内面にまで突っ込んでいく製作姿勢。娯楽映画の移り変わりをこうした敵役の扱いひとつにも見ることができるように思います。
一方、松方弘樹さんの葛西藤九郎は弓道に励む清々しい青年。父親が勝負に負けて自害した三十三間堂の千本通し矢に挑戦する場面が圧巻です。遺された母子の宿願のため絶対に勝たなければならない重圧、父親の仇の姿を見て動揺したり、無心に射ることの難しさ・・・結局は自分自身への闘いであることを教えてくれます。
三十三間堂の通し矢は弓術家の誉れ
三十三間堂通し矢は江戸時代、各藩の弓術家によって、競われるようになりました。本堂西軒下(長さ約121メートル)を軒天井に当らぬよう射抜くためには強弓を強く射なければならず、弓術家の誉れとされたのです。
1945年、小国英雄脚本、成瀬巳喜男監督、長谷川一夫主演で『三十三間堂通し矢物語』が映画化されています。終戦直前の1月から5月に撮影が行なわれ、空襲で何度も撮影が中断されたということです。
現在は1月中旬、「楊枝のお加持」大法要と同日に「三十三間堂大的全国大会」が行なわれています。横一列に並び、的までの距離は60メートル。足元と同じ色の的を射るルール。称号者のほかは、成人を迎えた人だけしか参加できないようで、一生に一度の機会と、各地から多くの人が集まってくるようです。振袖に袴姿の女性たちが弓を射る光景はニュースなどでご覧になられた方も多いことでしょう。
結局、今回も新吾の恋は実らず、険しい山の頂を下っていく遠景で終ります。
(文責・古理奈 2014・7・20)
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