「若君千両傘」
「若君千両傘」
(1958・7・30 東映京都作品)
脚本・村松道平/鷹沢和善
監督・沢島忠
<配 役>
本田城太郎忠昌 …大川 橋蔵
伊佐 新次 …田崎 潤
咳頻軒如仙 …大河内傳次郎
お 春 …花園ひろみ
でしゃばりの新吉…田中 春男
祐 吉 …里見浩太郎
お 絹 …千原しのぶ
お 菊 …山東 昭子
ものがたり
養子縁組を嫌って姿をくらました旗本本田多門の次男坊、本田城太郎は、お春の傘に隠れて追手をやり過ごした。そこで知り合ったでしゃばりの新吉、実は大店浪花屋の息子だが家を飛び出している放蕩者。
一文無しになった城太郎は口入稼業のお春の父親の斡旋で、料亭の下働きになったのもつかの間、騒動に巻き込まれてまたもや転職。松前屋に奉公することになった。
松前屋と隣の浪花屋は三代前から犬猿の仲。しかも両家の娘と息子は恋仲。城太郎は一計を案じ、ふたりを結ばせたのだった。
一方、友人の伊佐は薩摩藩と琉球使節による将軍暗殺の陰謀を言い残して死んだ。事実を知った城太郎は馬に飛び乗り、江戸城へと走る・・・
沢島監督との初顔合わせ
この『若君千両傘』は、数多くの名作を生み出した沢島忠氏が監督として、橋蔵さん主演で初めて製作した記念すべき作品です。監督の若々しい感性と、時代劇の面白さがふんだんに盛り込まれ、製作当時の「イカす」といった流行語の使用や、山場を3ヵ所つくるという、映画製作の革新と鉄則が違和感なく溶けあい、明るく楽しい作品に仕上がっています。
颯爽として凛々しい侍姿と、粋でくだけた町人姿の橋蔵さんの持つ2つの魅力が同時に楽しめる作品です。
次男坊の悲哀
主人公の本田城太郎は旗本本田家の次男坊。当時、家督は長男一人だけが継ぐものとされていて、次男坊以下は跡継ぎに男子のいない家の娘の婿にならない限り、浮かばれませんでした。生涯、部屋住みとして暮らさなければならなかったのです。追従する家臣たちに取り囲まれる長男に対し、ひとり爺やだけがすすぎ水を持ってくる次男坊の悲哀・・・出仕もせず無為に過ごす毎日。
そんな城太郎に格好な見合い話が持ち上がるのですが、見合いの相手に許婚がいると知り、姿をくらましてしまいます。しかも飛び込んだのはお春の傘の中。町人姿に身なりを変え、知り合った新吉や如仙などとの人間模様を絡ませながら、料亭の厨房やいがみあう商家の庭先を舞台に話は軽快に進んでいきます。
個性的な共演者
追われている城太郎に近づいてきたでしゃばりの新吉役の田中春男さん。当時は東宝所属で、この作品が橋蔵さんとは初共演。その後、橋蔵さんの作品の多くに出演され、絶妙なコンビ振りを発揮されました。橋蔵さんの歯切れの良い江戸弁と、ちょっととぼけたような田中さんの上方言葉。そのやりとりが楽しく、多くの名場面が生まれています。
花園ひろみさんのお春は58年頃の娘たちの代弁者と言ってもいいでしょう。絵日傘をさしながら、稽古帰りの道々、おしゃべりに興じる娘たち。いつの時代も娘たちの話題は素敵な男性のこと。カラー作品だったらさぞかし絵日傘が色鮮やかだったことでしょうね。城太郎がお春にプレゼントする絵日傘の図柄には、橋蔵さんの家紋の「違い柏」が用いられています。
いがみあう商家の松前屋と浪花屋の主人には漫才の夢路いとし・喜味こいしさん。その娘と息子に山東昭子さんと里見浩太郎さん。友人伊佐には田崎潤さん、城太郎に岡惚れするお絹には千原しのぶさんが演じられています。
大河内傳次郎さんの易者の如仙、顔に大きな黒子をつけ、いつもと違った三枚目ぶりも見どころです。
時代劇の鉄則も名優あってこそ
沢島監督は、娯楽時代劇の鉄則は1本の作品の中に3ヵ所の山場、立ち回りを入れろ、と先輩に教えられたと後年語られているそうですが、この『若君千両傘』はそうした点でも非常にわかりやすい構成になっています。
物語の展開は、追手を逃れて町人姿になってから、①料亭での狼藉侍との喧嘩、②いがみ合う浪花屋と松前屋の息子と娘の恋の取り持ち、③将軍暗殺の首謀者の成敗、という3部構成になっています。料亭で暴れまわる武士たちは、最後の将軍暗殺の首謀者という伏線も敷かれています。
旗本の次男坊が町人姿になった途端、べらんめえ口調になったり、友人の伊佐が殺され、町人姿で馬にまたがって江戸城に走っていった城太郎が、江戸城内では髷も凛々しい侍姿に変わっているなど、よく考えると辻褄の合わないところもあるのですが、それはそれ、颯爽とした橋蔵さんに喝采を上げれば良いのです。裃を脱いだ途端、白地の着物に襷がけという凛々しさ。からみの斬られ役さんたちの黒っぽい衣裳に対して、際立つ白。これこそ、歌舞伎に通じる様式美。
そうしたところが映画評論家や世にインテリを自認する人たちの気に入らないところなのでしょうが、橋蔵さんの作品が、大衆という多くの人々に支持されたという事実をあなどってはいけないと思います。一般的に大衆と呼ばれる人々の多くは、言葉ではうまく説明できなくても、肌で感じた快感が、時代劇の鉄則や歌舞伎の様式美に通じる面白さを直感的に知っていたということであり、いくら時代劇の原則通りに作品がつくられたとしても、それを演じる俳優が未熟だったら、その面白さが半減してしまうことは、今の時代劇の低迷ぶりが証明しているように思います。
(文責・古狸奈 2011・4・16)
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