「お坊主天狗」
「お坊主天狗」
(1962・11・2 東映京都作品)
原作・子母沢寛
脚色・結束信二
監督・佐々木康
<配 役>
番匠谷吉三郎 …片岡千恵蔵
荒木 均平 …大友柳太朗
小 鶴 …久保菜穂子
お も と …桜町 弘子
本多越中守 …三島 雅夫
渡海屋万兵衛 …進藤英太郎
小 染 …美空ひばり
秋葉屋新三郎 …大川 橋蔵
ものがたり
市村座でごろつき共の中に割って入った男、「本所のお坊主天狗」と異名をとる番匠谷吉三郎は3年前、父が主君本多越中守の刃にかかってあえない最期をとげて以来、旗本の家柄を捨て悠々自適の生活を送っていた。
助けた辰巳芸者の小染はもともとは武家の娘で、父の仇を探しているという。
手がかりの愛刀が研師、秋葉屋新三郎のもとに持ち込まれたことから・・・
戦後解釈の『三人吉三』
『お坊主天狗』は子母沢寛の原作で1954年3月1日から9月17日まで、毎日新聞の夕刊に連載された同名小説が映画化されたものです。挿絵は美しい絵で人気の高かった岩田専太郎でした。
子母沢寛(1892―1968)は北海道厚田郡厚田村(現石狩市)の出身で、本名は梅谷松太郎。異父弟に画家の三岸好太郎がいます。
弁護士を志望していましたが、明治大学法学部在学中に学費稼ぎに小説を書き始めました。新聞記者になってからは、旧幕臣の聞き書きをまとめ、1928年『新選組始末記』、1929年『新選組遺聞』、1932年『新選組物語』の「新選組3部作」を発表しました。他に、『勝海舟』、『父子鷹』など著書多数。1962年には第10回菊池寛賞を受賞しています。
原作は歌舞伎の白波もので、お坊吉三、お嬢吉三、和尚吉三が活躍する、俗に『三人吉三』といわれる河竹黙阿弥の『三人吉三廓初買』をもとに、戦後の時代にあうよう作者に洗い直され、ユニークな世話物にまとめられました。
『お坊主天狗』は1954年9月と10月に八住利雄脚色、渡辺邦男監督で、前後篇の2部作として、番匠谷吉三郎に片岡千恵蔵さん、荒木均平に大友柳太朗さん、女役者の阪東小染に中村錦之助さんで映画化されています。
54年版は原作に忠実に物語が展開しているのに比べ、この62年版ではお嬢吉三に当たる小染は女役者で実は男なのが、ひばりさん扮する仇を探す辰巳芸者という設定。また、和尚吉三は登場せず、代わりに橋蔵さんの研師、秋葉屋新三郎が大活躍します。
90分という上映時間の制約や、出演者の持ち味を活かすことを重点に、原作の後半はカット。小染の仇も6人いたのが、渡海屋万兵衛1人に集約されています。
登場人物の性格やイメージもスターの個性が優先され、当時の映画作りの姿勢や、スターシステムの一端をうかがうことができるでしょう。
豪華な配役と悪役の魅力
物語は酒乱の主君、本多越中守を父の仇とねらう片岡千恵蔵さんの番匠谷吉三郎と、悪い主君でも藩を守るため苦慮する大友柳太朗さんの荒木均平とを対比させながら進んでいきます。それに同じく仇を探す芸者小染とそれを助けようとする秋葉屋新三郎がからみ、久々のおしどりコンビの登場です。
番匠谷を慕う小鶴に久保菜穂子さん、荒木を慕うおもとには桜町弘子さん、さらに小染のひばりさんが加わって、三人三様の芸者姿は実に艶やかです。
特にひばりさんの辰巳芸者、いいですねえ。姫君や若衆姿のひばりさんには違和感を感じてしまうのですが、『お坊主天狗』のひばりさん、文句なく素敵です。
酒乱の殿様の三島雅夫さん、渡海屋万兵衛の進藤英太郎さん、大友柳太朗さんの荒木均平と敵対する重役の山形勲さん、東映時代劇の面白さはこうした悪役にありで、この作品でも憎っくき悪党ぶりを見せてくれます。それに相対する番匠谷の片岡千恵蔵さんはじめスターたちの颯爽とした格好のよさ。
映画では大活躍の新三郎
橋蔵さんは刀研師、秋葉屋新三郎役で登場します。町人のようでもあり、武家のようでもあり、ちょっと不思議な魅力の役どころです。
原作では秋波弥十郎。番匠谷が越中守の刺客に襲われて斬った刀を持ち込んだ先が秋波のところ。そこで小染が捜している刀が見つかったと語るくらいで、ほとんど出てこないのですが、映画での秋葉屋新三郎は大活躍。ひばりさんの小染とのほのかな恋模様もあって、楽しめます。
鑑賞する美術品として
普通、包丁などの刃物は切ることを目的としていますから、切れ味が良いことが第一番で、刀剣なども戦国時代までは荒い研ぎの方がよく斬れるとさえ言われていたようです。
日本刀の研磨は上古刀期の直刀期から始まっていますが、世界の他の国と違い、刀身そのものを鑑賞する美術品としての要素が強くなり、研磨師にも高度な技術が要求されるようになりました。
南北朝期、足利尊氏に仕えた本阿彌妙本を祖とする本阿彌家が研磨と鑑定を行なうようになり、鑑定したものに折り紙をつけたので、「折り紙つき」という言葉が生まれたといわれています。
その後、本阿彌光徳が差し込み研ぎ研磨法を発展させました。この本阿彌家の分家に本阿彌光悦がいます。
明治期に入ってからは美術鑑賞の面が強調され、地鉄を黒く刃を白く見せる研磨法が主流となり、現在に至っているということです。
芸術的要素を引き出す研ぎ
刀剣の研磨師は他の刃物の砥師と兼業することはありません。刃を付け斬れるようにするだけでなく、名刀を名刀として鑑賞するため、刀身が持つ地鉄、刃文の美的芸術的要素を引き出すために砥ぐことが大切だからです。
荒い砥石から細かい砥石へと、下地研ぎから仕上げ研ぎまで何度も段階的に研ぎが繰り返され、砥石も内曇砥、鳴滝砥などの天然砥石が使われます。内曇砥の刃砥は京都付近に産し、肌が細かく柔らかく、地刃を白くする作用があるそうです。
しかし、天然砥石は減少し、枯渇しているものもあって、人造砥石で代用できないところが問題だとか。
1振りの刀を仕上げるのに10日から2週間ほどかかるようです。(Wikipedia)
「人を斬った刀を持ち込みやがった」と台詞にあるように、江戸時代という平和な時代の刀剣の研磨は、実用よりも美術鑑賞としての要素が強かったように思われます。研ぎを依頼された名刀を番匠谷の居候たちに貸して、ボロボロにされてしまった刀の研磨、新三郎さん、研ぎ直しにどれだけの年月がかかったのでしょうか。
(文責・古狸奈 2012・7・8)
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