「不知火小僧評判記 鳴門飛脚」

 

「不知火小僧評判記 

      鳴門飛脚」   

  (1958916 東映京都作品)

  脚本・棚田吾郎

  監督・深田金之助

 

  <配 役>

   不知火新三  …大川 橋蔵

   五軒町の常吉 …大河内傳次郎

   お  豊   …花園ひろみ

   まぼろしのお六…雪代 敬子

   彦  七   …徳大寺 伸

    お  夏   …堀込 早苗

            阿波屋万右衛門…柳 永二郎

ものがたり

 捕物の最中、顔を知られて旅に出た、いま江戸で評判の義賊・不知火小僧新三。道中、阿波藩大阪蔵屋敷の武士たちと金貸し・阿波屋万右衛門との争いに巻きこまれ、殺され書付を奪われた番頭彦七の頼みで、娘お夏を阿波屋に届けることになった。

 新三は、自分の利益だけでお夏を顧みようとしない万右衛門に腹を立て、彦七が奪われた借用書と藍玉売りの権利書を取り返す約束をする。

 その道中、新三を江戸から追ってきた捕物小町・お豊の危難を助けたことから、新三、お豊、お夏の奇妙な3人の旅が始まった・・・

 

人情味溢れた佳品

 この作品は鼠小僧をヒントに棚田吾郎氏の脚本で書かれた義賊もので、主人公の不知火小僧は、鼠小僧の持つ宿命的な暗さを避け、ユーモラスな明るいタッチで描かれています。舞台も江戸市中から離れ、東海道から鳴門までを舞台にした道中もの。盗賊としての派手な活躍ぶりよりは、殺された番頭の娘のため一肌脱いだり、本来は追う者と追われる者が立場を越えて、心を通わせあうようになっていくといった、人情味の溢れた佳品となっています。

 立ち回りも追手から自分を守るために相手を斬る受身の剣法で、スポーティでリアルな動きを心がけたようです。実際、この『鳴門飛脚』で40作目の橋蔵さんは殺陣にもすっかり馴れて、実に華麗でスカッとした立ち回りを見せています。

 

蔵屋敷

 この物語の発端は、阿波藩蔵屋敷の武士と金貸し・阿波屋万右衛門との抗争。

 江戸時代、原則として俸給を米で受け取っていた武士たちは米を売り、金に換えなければなりませんでした。蔵屋敷は大名(藩)が年貢米や領内の特産物を販売するために設置した倉庫兼屋敷のことで、大阪、江戸、敦賀、大津、堺、長崎など交通の要所に設けられました。特に大阪は延宝年間(1670)には80藩だったのが、天保年間には125藩が蔵屋敷を持っていたといわれています。

 蔵屋敷には武士からなる蔵役人と、商人からなる立入人で構成されていました。立入人は名義を貸す名代、蔵屋敷の管理、売却の責任者である蔵元、それに掛屋、用聞、用達などに分かれていました。名代や蔵元は米問屋や両替商がなることが多く、藩から扶持米と手数料を受け取ることが許されていました。

 貨幣経済が発達してくると、武士と商人の立場は逆転し、力を蓄える豪商も多くなりました。その一方で、諸藩の財政が悪化し、大名貸しといって、半ば強制的に金子を用立てさせられたり、借金の踏み倒しで、つぶれる商人も出たのです。

 この『鳴門飛脚』ではこうした蔵屋敷の武士と阿波屋との借用書を巡って、阿波屋の番頭彦七が殺されてしまうことから物語は展開していきます。

 

泥棒にしては見事な筆跡

大捕物の翌日、川崎大師にお参りに出かけた捕物小町・お豊に、江戸を逃れようとする不知火小僧からかんざしに結ばれて渡される文。「あなおそろしや女目明し 尻に帆かけてしゅらしゅしゅしゅ しらぬ火」と書かれた文字。実に達筆なんですね。屋敷に忍び込み、盗んだあと、襖に書かれる「○○見参」なども、大体が惚れ惚れするような筆跡で書かれています。

当時の泥棒などに、それだけの筆跡を残せるほどの教養と余裕があったとは思えませんが、義賊が庶民のスーパースターになっていく過程で、理想像化していった一つの現われだといえるでしょう。そしてそれが、当時の時代劇の美意識に繋がるものだったのです。虚像と実像の間を行き来しながら、時代劇を楽しむ余裕が今の時代劇にはなくなっているのかもしれません。

 

たしなみの根底にある美意識

本来は捕まえなければならない相手、不知火小僧に助けられ、あろうことか、同じ部屋に泊まらなければならなくなったお豊。悩んだ挙句、着物の上から膝を捕り縄で縛って床につくのです。寝ているうちに裾が乱れるのを防ぐためのたしなみです。

自害する女性が白無垢の衣裳に膝を紐で結わえて果てる・・・時代劇にはよく出てくる場面です。死ぬときも美しく死のうとする美意識が感じられます。

雨の日、傘を傾げてすれ違うなど、相手を思いやる「江戸しぐさ」として話題になりましたが、60年代の時代劇を見れば、ごく当たり前のことなのですが・・・

 

個性豊かな女優陣

お夏役の堀込早苗ちゃん。昭和24年、東京生まれ。東映の教育映画で目にとまり、大抜擢されたのだとか。カメラ度胸もよく、橋蔵さん相手に大熱演。その後、女優の道には進まなかったようですが、将来有望な子役だと思ったことでした。

捕物小町の花園ひろみさん。本当は捕まえなければならないのに、少しずつ惹かれていき、「好きだけど嫌い、嫌いだけど好き」という複雑な乙女心を演じ分けています。

好きなのに相手にしてもらえない腹いせに、不知火小僧の刺青などの特徴を目明しに教えてしまうまぼろしのお六。女の持つ怖さと妖艶さを雪代敬子さんは画面いっぱいに表現しています。大人の女の魅力をあらわせる東映では希少な女優さん。この『鳴門飛脚』が東映に移籍して最初の作品でした。

 

樹の上で10時間

最後にエピソードを。

新三が阿波藩の武士たちをやり過ごして、樹の上に登っているシーン。

ギラギラ照りつける太陽の下、木陰で涼しいと最初はご機嫌だった橋蔵さん。下ではスタッフが汗ダクダクになって、テスト、テストの繰り返し。おまけに晴天待ちなどでなかなか撮影がはかどらず、いちいちスタッフの手を煩わせてもと、メーキャップから食事まで、樹の上ですませたのだとか。

結局、橋蔵さん、樹の上にいること10時間の珍記録を達成。

 

 

(文責・古狸奈 2011214