「若さま侍捕物帖 黒い椿」

 

「若さま侍捕物帖 黒い椿」

    1961923 東映京都作品)

  原作・城 昌幸  

  脚色・鷹沢和善/山崎大助

  監督・沢島 忠

 

  <配 役>

   若さま   …大川 橋蔵

   お 君   …丘 さとみ

   お 園   …青山 京子

   遠州屋小吉 …沢村宗之助

     作 造   …水野  浩

   大島の源兵衛…千秋  実

   金 助   …田中 春男

   網元甚兵衛 …阿部九州男

   新 三   …山形  勲

                与 吉   …坂東 吉弥

ものがたり

 伊豆の大島に保養がてらやって来た若さま。美貌の女主人お園と番頭金助のいる「椿亭」に落ち着いた。

 御神火を見に行った若さまは火口で椿の枝を手に佇む不思議なアンコ・お君を見かけた。お君は江戸の侍と島の娘の間に出来た子で、父なし子を産んだと責められた母親は三原山に身を投げていた。祖父と2人、貧しく暮らすお君に、島の網元・甚兵衛の魔手が伸びていた。

 そんなある日、修験者姿の男が密航者として捕まり、椿亭に連れて来られ・・・

 

舞台は江戸を離れ

 この『黒い椿』は若さま侍捕物帖シリーズ、第9作目。今回は趣向を変え、江戸を離れて伊豆の大島が舞台です。三原山の広大な外輪山や、ゴツゴツした海岸線の岩肌など、ダイナミックな自然も満喫できる作品です。

 メガホンは『紅鶴屋敷』と同じ、沢島忠監督。前作『紅鶴屋敷』でロマンチックスリラーとして、成功を収めた沢島監督は、今回も事件が主役で、若さまが脇役の徹底したスリラー時代劇に仕上げました。

 それぞれ一癖ありそうな登場人物を、椿亭の2階の窓から何となく人物観察をしている若さま。追い詰められていくお君や作造、彼らにかかわる人々の姿が丁寧に描かれ、事件へと繋がっていきます。従って、若さまの出番はあまりありません。橋蔵さんの顔を眺めたいだけの人には物足りないかもしれませんが、それに代わる謎解きの面白さ。

 網元・甚兵衛を殺した真犯人は? それは今回も見てのお楽しみといたしましょう。生前、梨さんが田中春男さんの「怪演技」と記されていたことをヒントとして・・・

 

大島あれこれ

 伊豆大島は伊豆諸島北部に位置し、伊豆7島の中で最も大きく、面積は91.06平方キロメートル。標高764メートル。島は伊豆大島火山帯に属する水深300400mの海底で噴火した活火山の海上に現われた陸上部分で、三原山はカルデラ内にできた中央火口丘。

 大島自体は椿の群生する緑の多い美しい島ですが、映画では荒涼とした砂漠地帯や火口丘、ゴツゴツとした海岸線の岩場などが多く映し出され、ミステリー性を強調したものとなっています。

 源兵衛の話に出てくる鎮西八郎為朝は源為朝のことで、『保元物語』によると、7尺(210cm)もの大男。魁偉な風貌をもち、強弓を使う弓の名手で、左腕が右腕より4寸(12㎝)も長かったと記されています。保元の乱で捕らえられ、大島に流されますが、国司に従わず追討を受け、1170年(1説には1177年)自害して果てるのです。享年32。

このように大島で死んだとされる一方、琉球王国の正史『中山世鑑』や歌集「おもろさうし」では、為朝は大島を逃れて沖縄に渡り、その子が初代琉球王舜天になったといわれています。その話をもとに、曲亭馬琴が『椿説弓張月』を著してから、弓の名手として数々の戦いに勝利した英雄伝説が一般に知られるようになったようです。(Wikipedia

 

黒はミステリー、椿はロマン

『黒い椿』出演に当たって、橋蔵さんは黒い椿が実在するかどうか、調べられたようです。椿の原産地は中国、日本、朝鮮など東洋の国々だが、フランスの宣教師、ジョセフ・キャメルが持ち帰り、現在ではフランスやアメリカでキャメリアと呼ばれて栽培されていること。椿の種類は500600あること。黒い椿があるのは日本だけで、大正時代、園芸で作り出されたもの、などと記されています。

『黒い椿』の意味を島の娘に訊かれ、黒はミステリーを、椿はロマンをあらわしていると説明したとか。さらに出演した記念に黒い椿を自宅の庭で育てたい、とも。

実際に椿を北白川のお宅の庭に植えられたのでしょうか。

 

椿油とアンコ

大きな石臼で椿の種子をアンコたちが挽いている場面。いかにも大島らしい、唯一この作品の中で華やいだ場面です。

大島の椿油がいつ頃から生産され始めたのか、気になって調べてみたのですが、詳しい記述は見つかりませんでした。ただ、大島椿本舗の創業者、岡田春一氏(明治33年、広島豊田郡生まれ)が、自生する椿から油を取り出すため、1927年(昭和2)、大島椿製油所を伊豆大島に設立しています。

若さまの時代に椿油が大々的に精製されていたかは不明ですが、アンコたちが石臼を挽いている光景は牧歌的な雰囲気を感じさせますね。

江戸時代、大島の産業の中心はやはり漁業でした。はじめは鮮度などの問題で、島外への魚の販売が禁止されていたのが、江戸時代後期に高速船が開発され、大島で獲れた魚介類が江戸に運ばれるようになり、高値で取り引きされ、多くの収入を得るようになったようです。

 

事件が主役のお君と作造

事件が主役のこの作品では、村人から偏見と差別の目でみられるお君と、孫娘をかばう作造が重要な位置を占めています。お君に執拗に迫る網元と、お君をかばうため網元に殺意までいだく作造。網元が殺されて、当然のように作造にかかる嫌疑。

そうした中で、2人の弱味につけこみ、お君に目をつける人買いの新三。お君に惚れていながら、事件にかかわりたくない与吉。さまざまな人間模様が描き出されます。

若さまに「江戸の侍だって、きっとお君坊に会いたかったに違いない。皆弱かったんだ。偏見に負けちゃいけないよ」と諭され、目の前が明るくなり、崖の上を飛び跳ねるように走るお君の姿・・・終始暗い顔のお君の、唯一希望と躍動感にあふれる場面が印象的ですね。

 

お馴染みのおいとちゃんは登場せず、何かと異色の『黒い椿』。若さまの出番が少ないことが、私には少しばかり物足りないのですが、スケールの大きさ、スリラー性で、若さま侍捕物帖シリーズの中でも屈指の作品といえそうです。

 

 

(文責・古狸奈 20101220