「任侠清水港」
「任侠清水港」
(1957・1・3 東映京都作品)
脚本・比佐芳武
監督・松田定次
<配 役>
清水次郎長 …片岡千恵蔵
森の石松 …中村錦之助
追分の三五郎 …大川 橋蔵
小松村の七五郎 …東千代之介
お し の …高千穂ひづる
お た み …千原しのぶ
お 蝶 …花柳 小菊
増川の仙右衛門 …伏見扇太郎
巾下の長兵衛 …大友柳太朗
大前田英五郎 …市川右太衛門
(その他東映オールスター)
ものがたり
万松寺の住職を斬り200両を奪った上、親分の森の五郎を殺して逃げた山梨の周太郎。子分石松の縁から周太郎を追う次郎長は周太郎の逃亡を助けた猿屋勘助を斬り、兇状旅に出るのだった。
兇状旅の途次、巾下の長兵衛に貧しいながらも手厚いもてなしを受ける次郎長一家。だが一行が旅立った後、長兵衛は久六一味に惨殺されてしまう。
久六を叩ッ斬った次郎長に黒駒の勝蔵から果し状が突きつけられる。場所は富士川千畳河原。仲裁に乗り込んだ大前田英五郎に刀を使わぬのが無上の剣術と諭され、次郎長は戦わずに引き上げるのだった。
次郎長は愛刀を讃岐の金毘羅に奉納させようと、石松を向かわせ、信仰と田畑の開墾に毎日を送っていたのだが・・・
初のオールスター作品
1957年の正月作品として製作された『任侠清水港』は東映の主演級スターが勢ぞろいする初のオールスター作品です。片岡千恵蔵、市川右太衛門の両御大を筆頭に、大友柳太朗、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、伏見扇太郎と若手トップスターが登場する贅沢な配役が話題を呼びました。
その後、オールスター作品は62年を除き、主に正月とお盆の年2回、製作されるようになり、『水戸黄門』(57・8)、『任侠東海道』(58・1)、『旗本退屈男』(58・8)、『忠臣蔵桜花の巻 菊花の巻』(59・1)、『水戸黄門 天下の副将軍』(59・7)、『任侠中山道』(60・1)、『水戸黄門』(60・8)、『赤穂浪士』(61・3)、『勢揃い東海道』(63・1)までほぼ恒例化して公開されました。
全篇カラーの力作
この『任侠清水港』は脚本・比佐芳武氏、監督・松田定次氏と当時最強のコンビ。モノクロが主流だった時代に、全篇カラーという画期的なもの。会社の力の入れようが分かろうというものです。
物語は博徒でありながら、のちに静岡茶の販路拡大、蒸気船の入港できる港湾整備、定期航路船経営、田畑の開墾、英語教育の後援まで手がけたという清水の次郎長こと山本長五郎が主人公。映画は、「若くして遊侠無頼の群に投じ、海道一の親分と謳われた次郎長が暴力否定こそ真の任侠の道であると悟るに至る精神転換の一断面を描く」とありますが、戦後、時代劇や仇討ものが禁止され、解除された当時の状況から、それらは検閲を考慮して掲げられたテーマということでしょう。堅苦しく考えず、気楽に楽しんで観ればよいと思います。
山梨の周太郎を倒して兇状旅に出、富士川の千畳河原で大前田英五郎に諭されるまでの前半とお馴染み「森の石松金毘羅代参」の後半の2部構成。従って、次郎長の片岡千恵蔵さんに次いで、森の石松役の中村錦之助さんが重要な役回りを担っています。閻魔堂前での石松の凄絶な立ち回り。後半の大きな山場となっています。
意外なのは冒頭のタイトルに、大前田英五郎役の市川右太衛門さんの名前が最初に出てくること。次郎長一家の物語なのに、富士川の場面しか出てこない右太衛門さんの扱いが上なのです。スターシステムをとり、俳優の序列に神経を尖らせていた会社側の苦肉の策といえそうです。
東映を背負う二大スターの予見
橋蔵さんは追分の三五郎役で出演しています。第4の新人としてデビューし、18作目で初のオールスター作品。たった1年の間に人気急上昇の橋蔵さん、新人としては出番も多く、三五郎を初々しく爽やかに演じています。
石松があとからやって来た三五郎におしのの様子を訊ねる場面。橋蔵さんと錦之助さんの初めての本格的な共演でした。錦之助さんの剛と橋蔵さんの柔、対照的な二人のスターがのちに東映を支える2本の柱となることを予見した場面でした。やがて興行的に大切な時期、正月とお盆を飾る作品に、オールスター映画に代わるものとして、それぞれの主演作品が掛けられるようになっていきました。
錦之助さんの石松に対する三五郎の橋蔵さんの受け身の演技。この場面を見るたびに雑誌の対談で語られていた橋蔵さんの言葉を思い出します。「女形は立役を立てるように仕込まれていて、決して無理強いはしないもの」なのだと・・・
この『任侠清水港』ではまだ新人ということもありますが、橋蔵さんは「受けて立つ演技をする役者」ということなのでしょう。その本質は終生変わらなかったように思います。オールスター作品では、多くは攻めの演技で、強烈な魅力や個性を振りまくスターたちの中で、橋蔵さんの受け身の演技は、ファンとしてはもどかしい感じがしないでもありませんでした。
しかし、共演者を立て、肝心なところを押さえる控えめな演技が、のちに『銭形平次』を18年もの長寿番組にできた最大の理由ではないかと、最近になって思うのです。主役でありながら、でしゃばりすぎず、周囲に溶け込んでいることで、観る者に安らぎを感じさせていたのだということも・・・
面白さの決め手悪役
ところで、東映時代劇の面白さは悪役を演じられる役者の層の厚さでしょう。この作品においても、小沢栄太郎、進藤英太郎、山形勲、月形龍之介と、憎っくき悪役が勢揃い。いずれも善悪どちらもこなせる芸達者な方々。特に悪役となるとこれ以上の悪人はいないという極悪ぶりです。それが東映時代劇を面白くさせている最大の理由でしょう。
最近の時代劇の低迷ぶりについて、春日太一氏は『なぜ時代劇は滅びるのか』(2014 新潮社)の中で、「時代劇はファンタジー」で、空想をはばたかせることのできるエンターテインメントの表現手段だと記しています。
「人気者は芝居が下手、いい悪役がいなくなった」と嘆く春日氏。時代劇はいくらでも面白くできるのに、やたら理屈っぽくなり、時代考証に縛られ、悪人にもそれなりの理由づけを描こうとするため、間延びしたものとなっている、と指摘しています。
実際、最近の時代劇を見るくらいなら、名画座に行って、昔の時代劇を見る方がはるかに面白いという現実はさびしいものを感じます。
水もしたたる男振り?
お蝶の病気快癒を願って、滝に打たれる橋蔵さんと扇太郎さん。
『清水港』の撮影が決まり、原健策さんに挨拶すると「今度は滝に打たれる場面がある。これから寒くなるというのに、辛いなあ」と辛そうな顔。てっきり原健策さん、お気の毒、と思った橋蔵さん。よくよく台本を読んだら、滝に打たれるのは三五郎と仙右衛門。
橋蔵さんは先の『朱鞘罷り通る』の雨のシーンで、喜多川さんと4時間ずぶぬれになったばかり。
場所は枚方市の郊外、源氏の滝。思い切って入ると、寒いというより、痛いといった感じだけ。時折混じって落ちるらしく、頭や肩にコツンコツンと小石が当たる。3カット、約30分。体はガクガク唇は動かない。助監督さんが「滝から出てきたときは大川さん、水もしたたる男振りでした」と憎らしい一言。(『とみい』昭和31年12月号 「吉乃だより」)
その後も『くれない権八』の川渡り、『新吾十番勝負 第1部』の頼方の寒中水泳と、橋蔵さんの寒い時期の水難は続いたようです。仕事とはいえ俳優さんも大変ですね。
(文責・古狸奈 2015・9・27)
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