「大江戸喧嘩纏」
「大江戸喧嘩纏」
(1957・1・9 東映京都作品)
原作・沙羅双樹(「明星」連載)
脚色・松浦健郎
監督・佐伯 清
<配 役>
新 三 …大川 橋蔵
お 雪 …美空ひばり
お 仲 …三条 美紀
お 妙 …松原 千浪
半 次 …星 十郎
辰五郎 …大友柳太朗
ものがたり
出初め式の帰り、め組の辰五郎の妹、お雪が木遣りの音頭を歌う行列に飛び込んできた旅姿の若い武家。連れ戻りわけを訊けば、名は新三郎といい、次席家老堀川十兵衛の娘お妙の婿に望まれたが、横恋慕する山岡を斬ったことから国を出奔したという。
得手勝手な武家に愛想が尽きた新三郎は新三と名を改め、め組の火消しとしての新しい生活をはじめるのだった。
何かとことあるごとに、四ツ車をはじめとする関取たちと衝突していため組だったが、ある日、新三に使いを頼まれた半次が相撲部屋でなぶられ、命を落としたことから、新三は単身相撲部屋へと乗り込むのだった・・・
気品と粋、ふたつの魅力が
この『大江戸喧嘩纏』は講談や芝居でお馴染みの「め組の喧嘩」を題材に、沙羅双樹の原作で「明星」に連載された同名小説が映画化されたものです。もともとは武士だが武家に嫌気がさして火消しとなる橋蔵さんの新三と、男勝りな辰五郎の妹、ひばりさんのお雪とが繰り広げる正月らしい楽しい作品です。橋蔵さんとひばりさんの黄金コンビのそれぞれの魅力がふんだんに発揮されていて、どちらのファンにとっても満足感の得られる作品と言えるでしょう。
特に橋蔵さんの新三はもともとが武家で、火消しになるという役どころで、橋蔵さんの持つ気品と、江戸前の粋のふたつの魅力が同時に楽しめる作品となっています。
半鐘も島送り
作品の元となった「め組の喧嘩」は文化2年(1805)に起きた町火消し「め組」と江戸相撲の力士たちとの乱闘事件で、のちに講談や芝居の題材として取り上げられました。
事件の発端は芝神明神社境内で行なわれた相撲の春場所で、め組の辰五郎と長次郎が木戸御免で入ろうとしたところ、連れの富士松がめ組とは関係ないことから木戸銭を請求され、木戸口で口論。そのときは引き下がり、芝居小屋に行ったものの、腹の虫がおさまらない火消したち。彼らがいるとも知らず後から芝居見物に来た九竜山は嫌がらせを受け、ぶつかってしまいます。仲裁もあっていったんはおさまりかけましたが、芝居小屋で意趣返しをされた九竜山は同門の四ツ車に復讐をけしかけられ、仲間力士を集める事態に。火消し側は火事装束で応戦。神社内で本格的な喧嘩に発展しました。さらに火消し側は半鐘を鳴らし、仲間を呼び集め、乱闘騒ぎは拡大していきました。
力士と火消し双方で36人の捕縛という、当時の喧嘩の規模としてはそれほど大きくはなかったのですが、事後処理に寺社奉行、町奉行、勘定奉行が協議に乗り出し、かつてない珍しい形だったので、後世まで語り継がれることになったようです。
結局、9月に裁可が下り、半鐘を私闘に使ったということから火消し側に厳しいものとなりました。辰五郎は百叩きの上、江戸追放。早鐘を鳴らした長次郎も江戸追放。富士松は喧嘩がもとの怪我で3日後、牢死しています。
関取側は九竜山が江戸払いとなったほかはお構いなし。半鐘も遠島となり、明治になって芝神明神社に戻されました。このときの南町奉行は映画と同じ根岸肥前守ですが、鐘が勝手に鳴って島送りの裁決が下されたというには火消し側に罪が重く、正確な鐘の遠島理由はどういうことだったのでしょうか。
庶民の理想像、辰五郎
いずれにしろ、実際の事件はめ組側に落ち度があったようですが、庶民の感情から強い関取衆が正しいのでは面白くないことから、男気のある辰五郎像が生まれたということなのでしょう。
「御摂曽我閏正月(ごひいきそがうるうしょうがつ)」が1822年、市村座で上演、次いで「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)」が竹柴其水で劇化、1890年、新富座で上演され、広く知られるようになりました。
喧嘩となった春場所は文化2年の1月と2月の説があり、中日で中断、2ヵ月後に後半が行なわれたということです。映画では1月の出初め式から始まり、2月の節分の豆まきで終わっていますから、1月説をとっているということなのでしょう。
ちなみにひばりさんが豆まきで歌っている「今年酉年、唐土の鳥は・・・」の歌詞、封切りされた1957年は暦では丁酉。当時の映画が観客と共に酉年の新年を祝う、今のテレビ感覚で作られていたことがよくわかります。
爽やかな恋模様
「め組の喧嘩」を物語の後半におき、前半は新三が武家を捨てるまでの経緯と、火消しになってからの颯爽とした活躍ぶりが中心に描かれていきます。それを見守るお雪のほのかに芽生える恋心。おしどりコンビの恋模様は実に爽やかです。
辰五郎たちの留守中に起きた火事場へ気丈にも出かけ、纏を振るお雪が降りかかる火の粉に耐えられなくなって新三の名を呼ぶ場面。あわやというところで、新三が現われふたりで纏を持つ場面は前半の山場でしょう。キッと炎を睨む新三のきりっとした目元、たまりませんね。
凛とした武家姿の新三郎から粋な江戸っ子の纏持ち、新三への変身ぶりは、どちらも橋蔵さんの魅力を最大限にあらわしていて、サービス満点です。
共演者たち
指導力もあり男気もあるめ組の頭、辰五郎。大友柳太朗さんの辰五郎は頼りになる庶民の理想像でしょう。三条美紀さんのお仲といい夫婦ぶりです。
お妙役の松原千浪さんは後の桜町弘子さん。デビューしたばかりの新人でした。
半次役の星十郎さん。軽妙な演技が観る者を和ませてくれます。最後に「ふたりを結婚させて」と言い残すところは星さんならではの温かさが感じられ、ほろりとさせられます。
大江山役の岸井明さんも得がたいキャラクターの俳優さんです。
実際の事件に、架空の人物を自由に活躍させて生まれた『大江戸喧嘩纏』。
緊迫する火事場で、纏持ちの粋な伊達姿を橋蔵さんがみせれば、勝気で機転の利くお雪の活躍ぶりがひばりファンを魅了します。どぎつい殺戮場面はなく、適度に正月気分が盛り込まれていて、家族揃って年の初めに見るのにふさわしい作品の一つといえるでしょう。
(文責・古狸奈 2012・1・3)
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